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恩寵用語Ps90

詩90篇 「力づける」 נָחַם ナーハム

〔カテゴリー育成〕

13節「帰って来てください。主よ。・・あなたのしもべらを、あわれんでください。」
13節「主よ、帰ってきてください、・あなたの僕らを力づけてください。」(新共同訳)

Keyword;「あわれむ、力づける、慰める」 comfort, express sympathy, relent
23:4/69:20/71:21/77:2/86:17/90:13/106:45/110:4/119:52, 76, 82/135:14

  • 新共同訳で「力づけて」と訳されたことばは、新改訳では「あわれんで」と訳されています。詩86篇でもすでに「あわれむ」という動詞を取り上げましたが、そこではハーナンחָנַן(chanan)でしたが、詩90篇ではナーハムנָחַם(nacham)が使われています。
  • ナーハムנָחַם(nacham)は旧約で108回、詩篇では12回使われています。詩23篇4節には「あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです(נָחַם)。」(新改訳)とあります。岩波訳では「励ます」、関根訳では「勇気を与える」とも訳されています。したがって、詩90篇でのナーハムがנָחַם(nacham)は「慰めてください」「励ましてください」「勇気を与えて力づけてください」とも訳すことができます。
  • この動詞が使われているところには、ある苦しい状況の中に置かれているということが考えられます。「慰めよ、慰めよ」(イザヤ40章1節)と、神が預言者イザヤに語らせたことばは、神とのかかわりをリセットして新しくすべくバビロンに捕え移された者たちに向かって語られた回復のメッセージの冒頭でした。「慰める」という言葉は決してセンチメンタルな言葉ではありません。苦しみの中にあってもそこを避けることなく、まっすぐに貫かせ、歩ませる力づけと励ましを意味する、いわば父性的訓練と関連する恩寵用語です。詩23篇4節の「あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰め」と告白しているのがその証拠です。
  • 新約でナーハムנָחַםに対応するギリシャ語はパラカレオー(παρακαλεω)です。やはり苦難の中にある神の慰めを意味しています。ヘブル書の著者は12章5~7節に「あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧め(παρακαλεω)を忘れています。『わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子にむちを加えられるからである。』・・神があなたがたを子として扱っておられるのです」とあります。自分が子として扱われているという恩寵に気づく時、主の懲らしめは励ましとなり、慰めとなり、苦しみの中を貫かせる力となります。これがナーハムנָחַםであり、パラカレオー(παρακαλεω)です。
  • 使徒パウロは「慰めの書」と言われるコリント書第二で、「慰め」ということばを実に多く使っています。「気落ちした者を慰めてくださる神」を経験したパウロは、「神はどのように苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。」(Ⅱコリント1:4, 5)と述べています。神の慰めは苦難のあるところに溢れるのです。

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