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神への賛美を栄光に輝かせよ

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25. 神への賛美を栄光に輝かせよ

【聖書箇所】 詩篇66篇2節

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【読み】
「ザムルー ケヴォード シェモー シィムー ハーヴォード テヒッラートー」

【文法】
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【翻訳】

【新改訳改訂3】
御名の栄光をほめ歌い、神への賛美を栄光に輝かせよ
【口語訳】
そのみ名の栄光を歌え。栄えあるさんびをささげよ。
【新共同訳】
御名の栄光をほめ歌え。栄光に賛美を添えよ。
【関根訳】
そのみ名の栄光を歌い、彼にそのみ名の栄を帰せよ。
【フランシスコ会訳】
み名の栄えを、ほめ歌い、はえある賛美をささげ、
【NKJV】
Sing out the honor of His name; Make His praise glorious.

【瞑想】

「ヘブル語の詩文の翻訳は、ある意味で、不可能への挑戦」と言われますが、今回のフレーズもとても短いのですが、実際に訳そうとすると、とても難しいのです。翻訳者泣かせの箇所のように思えます。にもかかわらず、新改訳は名訳だと思います。「シーム」という動詞は「置く」「据える」という意味です。直訳的には「(彼の)賛美を栄光(の位置に、の座に)据えよ」となりますが、新改訳は「栄光に輝かせよ」と訳しています。NKJV訳は Make His praise glorious です。

私も賛美についてはこれまで多く学んできたつもりですが、神への賛美を栄光に輝かせることは、私の生涯の最も大きな課題です。

「ほめ歌え」と訳された原語の「ザーマル」זָמַרは、旧約では45回、詩篇では42回です。したがって詩篇特愛の動詞だということが分かります。特に、このことばは、様々な楽器をもって主に歌い、賛美するという意味です。楽器を伴った音楽は、しばしば戦いのために、あるいは戦勝の祝い(凱旋)のために用いられましたが、ダビデの時代になってからは、神を礼拝するためにさまざまな楽器を用いて賛美するようになりました。

イスラエルの歴史の中で賛美を全盛期に至らしめたのはダビデ王です。ダビデは主を賛美するための楽器を自らも奏でることができましたし、やがてダビデは神殿において昼も夜も24時間の賛美をささげるヴィションをもっていました。そこでは祭司たち、および四千のレビ人たちが「ダビデが賛美するために作った楽器を手にして、主を賛美する者」として登用されました。(但し、実際にそれをしたのはソロモン王でしたが)

神殿で仕えるレビ人は20歳以上でしたが、音楽に携わるレビ人は30歳以上でなければなりませんでした。それだけ霊的にも技術的にも高度なものが要求されたと考えられます。なかでも、特別に歌の訓練を受けた288人の賛美奉仕者(音楽の達人)がいたようです。Ⅰ歴代誌25章7節参照。しかも彼らは各12人ずつ24組に分けて順番に奉仕に当たったようです。ラッパを吹く祭司たちも24組に分けて奉仕しています。Ⅰ歴代誌15章17~28節をみるならば、さまざまな楽器と熟練した器たちによる賛美があったことを知ることができます。詩篇150篇には、角笛、十弦の琴、立琴、緒琴、笛、シンバルの楽器で神をほめたたえるべきことが命じられています。これは現代の楽器でいえば、金管楽器、弦楽器、木管楽器、打楽器に相当します。長い間、プロテスタント教会は宗教改革時代からオルガンだけが神を賛美するための楽器であると考えてきました。しかし、ダビデの時代にはフル・オーケストラで神を賛美していたのです。現代の教会は新しい賛美を担う霊的に質の高い器たちがもっと多く起こされるように祈らなければなりません。

「ザーマル」の名詞は「ミズモール」です。これについては、⇒こちらを参照

私もひとりの礼拝者として、「・・キリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげ・・」(ヘブル人への手紙13:15)ていきたいと祈っています。

【付記】
「神への賛美を栄光に輝かせよ」⇒楽譜

2013.3.11


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