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1章12~13節


創世記1章12~13節

【新改訳2017】

12 地は植物を、すなわち、種のできる草を種類ごとに、また種の入った実を結ぶ木を種類ごとに生じさせた。神はそれを良しと見られた。13 夕があり、朝があった。第三日。

וַתֹּוצֵא הָאָרֶץ דֶּשֶׁא עֵשֶׂב מַזְרִיעַ זֶרַע לְמִינֵהוּ וְעֵץ עֹשֶׂה־פְּרִי אֲשֶׁר זַרְעֹו־בֹו לְמִינֵהוּ וַיַּרְא אֱלֹהִים כִּי־טֹוב׃
וַיְהִי־עֶרֶב וַיְהִי־בֹקֶר יֹום שְׁלִישִׁי׃

12 ヴァットーツェー ハーアーレツ デシェ エーセヴ マズリーア ゼラ レミーネーフー ヴェエーツ オーセ ペリー アシェル ザルオー・ヴォー レミーネーフー ヴァッヤル エーヒーム キー・トーヴ」 
13 ヴァイェヒー・エレヴ ヴァイェヒー ヴォーケル ヨーム シェリーシー」

1.「地は・・生じさせた」

●「地」(הָאָרֶץ)は、神が指示したように「生じさせた」とあります。つまり、神が直接に創造させるのではなく、「地に生じさせた」のです。「生じさせた」は「ヤーツァー」(יָצָא)のヒフィル態で24節でも用いられています。目的格が何かで意味は異なりますが、それが「地」の場合は「産み出す、生じる、生む、造り出す」という意味になります。とはいっても、地は自らの意志で生み出すのではなく、あくまでも神の意思に呼応することによって、つまり、地はいのちの源になるということです。

2. 二種類の植物か、三種類の植物か

●新改訳2017では11節に「地は植物を、種のできる草や、種の入った実を結ぶ果樹を、種類ごとに地の上に芽生えさせよ。」となっていたのが、12節には「地は植物を、すなわち、種のできる草を種類ごとに、また種の入った実を結ぶ木を種類ごとに生じさせた」とあります。12節には「すなわち」とあるので、地の「植物」が、「種のできる草」と「種の入った実を結ぶ木」の二種類だと解釈して訳しているのです。ちなみに、協会共同訳では、新改訳が「植物」と訳している「デシェ」(דֶּשֶׁא)を「草木」(新共同訳では「草」)と訳していることから、「すなわち」という言葉がなくても、種をもつ草と種を宿した木の二種類だと解釈できます。そのような解釈をしていない三種類とする訳(例えば、口語訳、バルバロ訳、関根訳)もあります。

●いずれにしても、地に生える種をもった植物は、イェシュアの「種蒔く人のたとえ話」のように、種か蒔かれる地が「良い地」であるなら、その地は多くの実を結ぶようになるのです。創世記1章12~13節はその計画書と言えます。

3. 「種類ごとに」が意味すること

●神の創造、第三日の「地の植物」に対して、「~の種類ごとに」(「ミーン」מִין)ということが特徴的です(1:12, 21, 25)。以前は「~の種類に従って」と訳されていました。

●「地」は「植物」のみならず、「生き物」(海の巨獣、水の生き物、空を飛ぶ鳥、家畜、地面を這うもの、地の獣)にも「種類ごとに」生じるように、神は指示(命令)しています(24節)。ところで、「種類ごとに」とはどういう意味でしょうか。レビ記11章には食物規程が記されていますが、食べてもよい類と食べてはいけない類が記されています。つまり「種類ごとに」とは、「似たもの」「区別されたもの」と同義ではないかと考えられます。

●すでに神が「光」と「闇」とを「分けられた」(「バーダル」בָּדַל)ように(1:4)、また「大水の下にある水」と「大空の上にある水」を「分けられた」ように(1:7)、地においてもそれぞれの植物や生き物の似たものをまとめ、他から区別するためにも、「種類ごとに」(「種類に従って」)という表現をしたのではないかと考えられます。


1
●1章29節と30節を見ると、種のある草や種のある木の実は人間への食べ物となりますが(1:29)。人間以外の地にあるすべての生き物にはすべての「緑の草」(「イェレク エーセヴ」יְרֶק עֵשֶׂב)が食べ物となります(1:30)。つまり、「種を持たないすべての草」ということになります。

2020.1.7
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