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第六の幻(空を飛ぶ巻き物)と第七の幻(エパ升の中の女)

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5. 第六の幻(空を飛ぶ巻き物)と第七の幻(エパ升の中にいる女)

【聖書箇所】 5章1節~11節

ベレーシート

  • ゼカリヤ書5章には二つの幻が記されています。ひとつは「空を飛ぶ巻き物」の第六の幻、もうひとつは「エパ升とその中にいる女」の第七の幻です。ゼカリヤが見せられる幻はすべて神殿再建と神の民の回復の視点から、つまり、終末論的視点から解釈される必要があります。
  • 3章のサタンに訴えられてる大祭司ヨシュア、4章の神殿の頭石を運ぶゼルバベルの二人はいずれも指導的立場にある者でしたが、5章では一般の神の民イスラエルに対するものです。二つの幻を通して果たして何が見えてくるでしょうか。その二つの幻を順に見て行きたいと思います。

1. 「空を飛ぶ巻き物」の第六の幻(1~4節)

  • この巻き物のサイズは長さ20キュビト、幅10キュビト。1キュビトを45.5cmとすれば、長さ9.1m、幅4.55mになります。「巻き物」と訳された原語は「メギッラー」(מְגִלָּה)で、ゼカリヤ書では2回(5:1, 2)ですが、エゼキエル書の36章にはなんと13回も使われています。「巻き物」とは神のトーラーです。羊の皮に記された巨大な「巻き物」は、おそらく、そこに記されていることがだれの目にも明らかにされることを意味していると考えられます。特に、御使いが「これは、全地の面に出て行くのろいだ」と言っています。
  • 「全地」とは、ここでは神の神殿を建てるために帰還した民たちが住んでいる場所のことです。その地の上を、のろいのことばが飛んでいるのです。しかもそれが「盗人の家に、偽りの誓いをする者の家に入り、その家の真中にとどまり、その家を梁と石とともに絶ち滅ぼ」そうとしているのです。
  • 「盗み」は十戒の中の第八戒で隣人に対する罪です。また主の名を使っての「偽りの誓い」は第三戒で神に対する罪と言えます。なぜ十戒の中でこの二つの戒めに対する違反(のろい)が取り上げられているのか、それは神殿建設が中断してしまっていることと深く関係しているのかもしれません。工事が中断している生活の中で、隣人の権利を奪うような事態が起ったり、かつて主の名によって誓った誓いが守られていなかったり(たとえば、異邦人との結婚など)していることかもしれません。いずれにしても、これらの罪によってもたらされるのろいのことばが、その地の上空に飛んで神の民を襲おうとしているのです。
  • 神殿の再建と神の民の回復とは車の両輪です。神の民の回復のための神の常套手段は、彼らが自分たちの罪によって招いた「のろい」を通して、罪の恐ろしさ知るようになることです。
  • イエスがメシアとしてこの世に遣わされる前に、神はバプテスマのヨハネを遣わされました。ヨハネの語るメッセージは歯に衣をきせぬ、人々が震え上がるほどでした。多くの者たちが悔い改めのバプテスマを受けました。ヨハネの黙示録11章に突如登場する「ふたりの証人」の厳しいメッセージが語られていました。メシアの再臨の前に神の民を主の前に整え、彼らが神に立ち返るためでした。
  • 神の教え(聖書)は、私たちにとって救いへの希望の書であると同時に、滅びへの警告の書でもあります。祝福と呪い、いのちと死とが記されています。主の御声に、主のみこころに聞き従うならば、もろもろの祝福が臨みますが、聞き従わないならば、もろもろの呪いが及ぶことを、ゼカリヤは第六の幻を通して示されたのです。

2. 「エパ升の中の女の幻」の第七の幻

  • 第七の幻は以下の三つの部分からなっています。
    (1) エパ升(5:5~6)
    (2) エパ升の中のひとりの女(5:7~8)
    (3) こうのとりの翼をもったふたりの女(5:9~11)

(1) エパ升

  • ここでの「升」とはヘブル語で「エーファー」(אֵפָה)です。新改訳は「エパ」と表記しますが、新共同訳は「エファ」と表記します。穀物を分量を量る容器です。ルツ記では、ルツが朝から晩まで大麦の落ち穂拾いをして、その穂を打つと「一エパ」あっととあります(ルツ2:17)。Ⅰサムエルの1章24節では「サムエルが乳離れした後に、母ハンナはサムエルを神にささげるために、三歳の雄牛一頭とも麦粉一エパ・・を携えてシロの宮に連れて行ったことが記されています。ちなみに、一エパは22リットルの分量です。
  • ゼカリヤ書5章でゼカリヤが見た「エパ升」は、エルサレム周辺の人々のです。ゼカリヤはここでも「これは何ですか」と尋ねています。すると御使いはその「エパ升」は「これは、全地にある彼らの罪だ」と答えます。尋ねることがなかったから、おそらくこの「エパ升」は全く理解できにかったことでしょう。帰還した民たちの間に、盗む罪がはびこり、分量を測る容器を小さくして、そのごまかした差分を儲けていたのかもしれません。

(2) エパ升の中のひとりの女(5:7~8)

  • 重い鉛のふたが持ち上げられると、このエパ升の中にひとりの女がすわっています。御使いは「これは罪悪だ」と言って、再びその升の中に女を閉じ込めました。「エパ升」が象徴するのは「罪」で、その中にある「女」が象徴するのが「罪悪」だとすれば、それは罪の中の罪、つまりそれは神が最も嫌う偶像礼拝を意味します。
  • 「エパ升」も「女」もどちらも女性名詞です。聖書では罪の根源は「女性名詞」で表現されます。「姦淫」、神への「背信」も女性名詞で表わされるのです。これから再建しようとする神殿でおいて、そうした罪は完全に除去されなければなりません。

(3) こうのとりのような翼をもったふたりの女

  • 「こうのとりのような翼をもったふたりの女」が登場して、エパ升を持ち上げ、それを「シヌアルの地」、すなわちバビロンへと運ぼうとしています。ここでは悪がイスラエルの地から運び去られことを意味しています。

むすび

  • 第六の幻、第七の幻を通して何が見えてくるのでしょうか。注目すべき点はどこにあるでしょうか。それは、バビロンから帰還した民たちの罪と悪の気づきであり、と同時に、それがイスラエルの民の中から除去されることです。これがこの二つの幻の中心をなす事柄です。つまり、神殿を再建しようとする民が、悪を内在する異教的な偶像礼拝から完全に断たれることです。しかも、悪からの覚醒は、終末におけるメシアの来臨(再臨)において不可欠な事柄なのです。


2013.9.24


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