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砕かれた陶器師の器

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22. 砕かれた陶器師の器

【聖書箇所】19章1節~15節

ベレーシート

画像の説明
  • 19章には、エレミヤがベン・ヒノムの谷に同行した民の長老と年長の祭司たちの目の前で、「土の焼き物のびんを砕く」という象徴的行為によって、エルサレムを砕くという主のメッセージを伝えたことを記しています。18章では主はエレミヤに陶器師の家に行くように命じ、その仕事ぶりを見させました。陶器師は、粘土で制作中の器を自分の手で壊して、再びそれを陶器師自身の気に入った他の器に作り替えていました。そのように、もし、神の民が悔い改めるなら、もう一度、主もわざわいを思い直して、主ご自身が気に入ったものに作り替えるというメッセージが含まれていました。しかし19章では、明確に、陶器師が器を砕くなら二度と直すことができないように、ユダの民とエルサレムの町を壊滅的に砕くという主の意図が記されています。

1. ベン・ヒノムの谷は「虐殺の町」と呼ばれる 

  • 「・・マナセは彼らを迷わせて、主がイスラエル人の前で根絶やしにされた異邦人よりも、さらに悪いことを行なわせた。」(列王記第一21:9)とあるように、マナセが王になってから、ユダは急速に堕落して行きました。マナセは、主が追い払われた異邦の民の忌みきらうべきならわしをまねました。ヒゼキヤが打ち壊した高き所を築き直し、アハブをまねて、バアルのために祭壇を立て、アシェラ像を造りました。何よりも深刻なことは、主の宮を汚したことです。主の宮に、偶像の祭壇と天の万象のために祭壇を築きました。また、自分が造ったアシェラ像も主の宮に立てました。
  • さらに、主が思いもつかなかったほどに忌むべきことをマナセが行ったとして、そのことを忘れず、それゆえにユダの人々とエルサレムにわざわいをもたらすことをエレミヤを通して宣告しました。「それを聞く者は、耳鳴りがする」というフレーズ、これはわざわいを耳にして驚きを表す形容句です。サムエル上3章11節、列王記下21章12節を参照。いずれも神の栄光が去って悲惨な出来事が襲いました。
ゲー ベンヒンノーム.PNG
  • マナセのした大きな罪とは、自分の息子や娘をモレク(モアブの神)にささげたことです。町が守られるために罪なき子どもたちのいのちを全焼のいけにえとして火で焼いて犠牲にしたのです。他の神々にそこまでして大きな犠牲を払って願いを聞いてもらおうとした事に対して、神は怒られたのです。その犠牲(幼児人身御供)を払った場所は、「ベン・ヒノムの谷」(ゲー ベン・ヒンノーム)にある小高い丘トフェテでした。神はその場所を「虐殺(殺戮)の谷」と呼ばれると言われました。やがてバビロンによって多くのユダの民たちが剣に倒れ、葬られて、そのしかばねが空の鳥や地の獣のえじきとして与えられるからです。
    画像の説明
    やがてその場所は新約では「ゲヘナ」と呼ばれるようになります。「ゲヘナ」は地獄の同意語です(マタイ5:29~30、10:28、マルコ9:43~47)。また「火の池」(黙19:20)とも同意語です。


2. すべては神のことばに聞き従わなかったことの懲罰的裁き

  • エレミヤは主の宮に立ち神の裁きのメッセージを伝えます。

【新改訳改訂第3版】エレミヤ書19:15
イスラエルの神、万軍の【主】は、こう仰せられる。「見よ。わたしはこの町と、すべての町々に、わたしが告げたすべてのわざわいをもたらす。彼らがうなじのこわい者となって、わたしのことばに聞き従おうとしなかったからである。」

  • 神への不従順への懲罰的さばきとして、神は一度、ユダの人々とエルサレムを完全に破壊しようとしたのです。本来ならば、陶器師が自分の造った器を壊したならば、二度と元に戻すことは出来ません。中国のことわざで言うならば、「覆水盆に返らず」です。ところが神は、砕かれた器さえも再生することのできる方です。そこに一縷の望みが残されていました。

2013.2.22


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