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ブライダル・パラダイム (6)

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7. ブライダル・パラダイム (6) ー雅歌から学ぶ花嫁③

【聖書箇所】雅歌3章1~4節、5章2~6節
―成熟するための花嫁に対する訓練ー

ベレーシート

  • 雅歌は「花婿と花嫁」の愛のかかわりを描いたものです。これは新約時代に現わされる「キリストと教会」のかかわりを示唆するものであり、かつ、預言的な歌です。雅歌に描かれている花婿と花嫁のかかわりは常に進展し、より成熟したかかわりへと花婿は花嫁を導きます。雅歌3章1~4節、および5章2~6節は、花嫁により高い段階の成熟したかかわりをもたらすために、花婿は花嫁に「霊的な夜」を経験させるのです。
  • 花嫁の成熟度は、以下のフレーズによって花嫁中心から花婿中心へと変化していることが分かります。

画像の説明

  • 花嫁のA―①の段階では、花婿は花嫁の楽しみであり、自分自身しか意識していません。しかしA-②では、花嫁自身が花婿に属していることに気づきます。B-①は、A-②と同じ言葉を使いながらも、順序が逆転しています。つまり、花婿が第一で、自分は第二なのだと自覚します。最後のB-②では、完全に、花嫁は花婿のものであり、花婿の関心の的であることを知るのです。
  • AとBのフレーズの違いは花嫁の成熟度が変化していることです。そしてその背景には、そのように花嫁をより高い成熟に向かわせようとしている花婿がいるのです。
  • 雅歌3章1〜4節を見てみましょう。

    【新改訳改訂第3版】雅歌3章1~4節
    1 私は、夜、床についても、私の愛している人を捜していました。私が捜しても、あの方は見あたりませんでした。
    2 「さあ、起きて町を行き巡り、通りや広場で、私の愛している人を捜して来よう。」私が捜しても、あの方は見あたりませんでした。
    3 町を行き巡る夜回りたちが私を見つけました。「私の愛している人を、あなたがたはお見かけになりませんでしたか。」
    4 彼らのところを通り過ぎると間もなく、私の愛している人を私は見つけました。この方をしっかりつかまえて、放さず、とうとう、私の母の家に、私をみごもった人の奥の間に、お連れしました。

  • 私が捜しても、あの方は見あたりませんでした」というフレーズは、1節と2節に出てきます。雅歌の特徴のひとつですが、重複されるフレーズは強調表現です。しかし4節では、「私の愛している人を私は見つけました。」とあり、比較的早く、花嫁は花婿を見つけ出しました。ところが再び、「私が捜しても、あの方は見あたりませんでした」というフレーズが5章6節に出てきます。これは、3章の時よりも少々深刻なのです。

【新改訳改訂第3版】雅歌5章2~6節
2 私は眠っていましたが、心はさめていました。戸をたたいている愛する方の声。「わが妹、わが愛する者よ。戸をあけておくれ。私の鳩よ。汚れのないものよ。私の頭は露にぬれ、髪の毛も夜のしずくでぬれている。」
3 私は着物を脱いでしまった。どうしてまた、着られましょう。足も洗ってしまった。どうしてまた、よごせましょう。
4 私の愛する方が戸の穴から手を差し入れました。私の心は、あの方のために立ち騒ぎました。
5 私は起きて、私の愛する方のために戸をあけました。私の手から没薬が、私の指から没薬の液が、かんぬきの取っ手の上にしたたりました。
6 私が、愛する方のために戸をあけると、愛する方は、背を向けて去って行きました。あの方のことばで、私は気を失いました。私が捜しても、あの方は見あたりませんでした。私が呼んでも、答えはありませんでした。

  • ここでは、突然、花婿が戸のかたわらに立ち、中に入れてくれるように花嫁に頼みます。ところが花嫁は「私は着物を脱いでしまった。どうしてまた、着られましょう。足も洗ってしまった。どうしてまた、よごせましょう。」と言い訳をして、「戸をあけておくれ」という花婿の要求を拒みます。そのため花婿が自分でかんぬきを開けようとしたので、花嫁は耐え切れずに戸を開けようと立ち上がります。しかし戸を開けると、花婿はもうそこにはいませんでした。背を向けて去って行かれたのです。花嫁は花婿を捜しますが、見つけられません。夜回りにみつかり、花嫁は心傷つけられてしまいます。
  • 雅歌において、花婿と花嫁は相思相愛の関係です。ですから、「私が探しても、あの方は見当たりませんでした」というのは、尋常ではないのです。なぜ花嫁が花婿を受け入れることを拒んだのか。なぜ花嫁は一度拒絶したにもかかわらず、気持ちを変えて立ち上がったのか。花嫁が花婿のために戸を開けようとした時、なぜ花婿が立ち去ったのか。謎です。しかしその謎の中に深い花婿の真意が隠されているように思います。

1. 夜(暗やみ)の中で花婿を探し求める花嫁

  • 花嫁にとって花婿の姿を見失うことは一大事です。そのために花嫁は彼を捜し求めようとします。この「探し求める」と訳された動詞は「バーカシュ」(בָּקַשׁ)です。「バーカシュ」は、理性的に尋ね求める「ダーラシュ」(דָּרַשׁ)とは異なり、むしろ心情的な意味において慕い求めることを意味します。しかもその「バーカシュ」が3章では、強意形のピエル態で4回も使われているのです。花嫁がどんなに熱心な気持ちで花婿を探し求めたかが伺えます。また、夜に床から起き出して、町や通りや広場を「行き巡る」という動詞(「サーヴァヴ」סָבַב)も強意形のピエル態なのです。つまり、必死になって探そうとする花嫁の姿を彷彿とさせます。5章では花嫁が「捜す」という言葉は1回しか出てきませんが、事態は3章よりも深刻なのです。
  • 3章1〜4節、5章2~6節、いずれも舞台は「夜」(「ライラ―」לַיִלָה)です。その「夜」は花婿と花嫁のかかわりにおける「霊的な夜」を意味しています。そして、その夜々(複数)の中で花嫁は愛する方を探し求めるのです。これは何を意味しているでしょうか。花嫁に背を向けて立ち去った花婿の真意とは何でしょうか。それは、花嫁をある霊的レベルで満足させず、より高い霊的なレベルに花嫁を導くためであったと考えられます。花嫁がさらなる飢え渇きをもって花婿を慕い求めて、花婿を尋ね求めるようにと招いておられるということなのです。
  • マリヤ福音姉妹会のM・バジレア・シュリンク女史はその著『聖所の光に至る道』(カナン出版、1999年)の中で次のように記しています。
    「夜を通り抜けた魂から出る光は、イエスが暗闇のただ中に灯された光なのです。・・夜空が月と星々の輝きを現わすように、霊的な夜に無となった魂は以前にもまさるすばらしい透明さと純粋さをもって、神の御霊の働きを反映するのです。魂が最も清められるのは夜です。ですから、神はその愛する選ばれた者たちすべてを夜の中に導かれます。」(53頁)

2. イスラエルの歴史における「夜」の経験

  • 「神はその愛する選ばれた者たちすべてを夜の中に導かれる」とすれば、それはイスラエルの民に対しても同様です。イスラエルの民がエジプトを脱出したあと、シナイ山で神と合意の上で夫婦としての契約を結びます。女が男から造られたように、イスラエルの民は神によって創造された民です。夫である神はイスラエルの民を通してご自身の栄光を現わそうとされました。ですから、神は彼らを導いてそのような民となることができるように育てる責任があるのです。神が訓練を通して、イスラエルの民をご自身のふさわしい妻として成熟するように導かれます。そして、その訓練の第一段階がイスラエルの中にある罪をきよめるためにもたらされた「夜」を通してでした。その例を民数記の中からいくつか挙げてみたいと思います。

(1) モーセを非難したミリヤム

  • 民数記12章は、自分に与えられている持ち場、立場が不明瞭に思える時、引き起こされる問題です。それは民ではなく、モーセの姉ミリヤムが抱えた問題でした。表面的にはモーセの妻が異邦人であることの非難でしたが、その非難の真相はモーセに与えられている特別な立場に対する嫉妬でした。なぜなら、モーセはいつでも神のところに出入り自由であったからです。
  • アロンはモーセの代弁者として神のことばを語りましたが、神から直接に語られるということは稀でした。ミリヤムはエジプトを脱出したあと「女預言者」としてタンバリンを手に取り、同じくタンバリンをもった女たちとともに賛美を導き、「主に向かって歌え。主は輝かしくも勝利を治められ、馬と乗り手とを海の中に投げ込まれた」と歌いました。ミリヤムには「女預言者」としての指導的カリスマが与えられていたようです。しかし、彼女が自分の立場を見失ったとき、自分にはない特別な立場をもっている弟のモーセを妬ましく思うようになったのです。
  • そのことを知った主は、「アロンとミリヤム」を自分のもとに呼び、モーセに与えられている特別な立場を擁護し、彼らを非難されました。そしてミリヤムはツァラートに冒され、宿営の外に締め出されました。兄のアロンが悔い改め、モーセに対してミリヤムのためのとりなしを願ったので、モーセは彼女がいやされるように祈りました。結果としては、ミリヤムは七日間、宿営の外へ締め出しを喰らいましたが、そのあとでいやされました。民はそれを見守っていたようです。なぜなら、これは単に兄弟間の問題ではなく、民全体の教訓となるべきものであったからです。
  • ミリヤムの出来事に象徴される「権威に対する反逆」の問題が、もしキリストのからだである教会に起こると、教会はキリストの栄光を現わすことのできない「夜」が訪れます。ミリヤムの場合は七日間で済みましたが、より長期にわたる場合があるのです。

(2) コラと共謀した者たち

  • 民数記12章のミリヤムの出来事は個人的でしたが、民数記16章では、同じ問題が民衆レベルとなった事件が発生します。それはレビ人の中で幕関係を運ぶことに任じられたゲルション族の中のコラが、不満分子であるルベン族のダタンとアビラム、さらにオンと共謀して、なおかつ会衆から選ばれた指導者たち250人とともに、モーセに「立ち向かい」をしたことです(1~2節)。コラやルベン族の3人の者たち、そして250人の指導者たちのそれぞれの言い分は異なっているのですが、新約時代のパリサイ派とサドカイ派、そして律法学者たちがそれぞれ強調している点は異なっていても、イエスに対する反抗は共通していたことから、共謀してイエスを捉えようと画策したように、共通の敵を持つことで共謀するという行為は昔も今も変わらない現実です。なぜルベン族はコラと共謀できたのでしょうか。それはコラが、イスラエルの長子であるルベン族には神からの権威というものがなんら与えられていないという不満を煽ったからです。またコラが250人の会衆の指導者たちに対して「会衆はみな聖なるものであり、モーセとアロンだけが特別な地位にいるのは不当であり、民主的ではない」と思わせたことによります。コラ自身の反逆の理由は、アロンとその子孫に与えられているような祭司職にあずかりたいと考えたからです。このようにしてモーセとアロンに対して立ち向かう共謀する仲間を作り上げました。案の定、権威に反逆したコラ、および彼と共謀した者たちはみな、地面が割れて「生きながら、よみに下る」という神のさばきを受けました。主はこの出来事を他の者たちの教訓的なしるしとするために、共謀者らが神の前に近づくためにもっていた青銅の火皿を打ち延ばし、主の祭壇のための被金(きせがね)とし、民が主にささげものをもって礼拝するときにいつもそのことを思い起こさせる「しるし」とされました。
  • キリストの花嫁である教会にこのような問題が起こると、花嫁は主の栄光を現わすことができないばかりか、大きな傷を後に残します。こうしたことは今日の教会にも起こっているのです。「霊的な夜」ですが、これも花嫁を成熟させるプロセスの痛み(布石)なのです。

(3) 12人のカナンの地の斥候報告

  • 主がこの地(カナン)をあなたの手に渡されている。だから、上って行ってそこを「占領せよ」と言われているにもかかわらず、民たちが(しかも、こぞって)、その前にその地を探り、その報告を待ち帰らせましょうと提案し、モーセ自身もこの提案は常識的な考えと思ったようです。それを主に申し上げた時には、主はそのことを許可されました。おそらく、主は民たちを「試した」のだと言えます。イスラエルの民は「霊的な夜」を余儀なくされるのです。
  • カナンの地に遣わされた12人が40日間にわたって調査した結果の報告によれば、二つのことが明らかとなりました。第一の情報は、神の与えた地が「乳と蜜の流れる地」であること、つまりその土地はきわめて肥沃であるということでした。その証拠として、彼らはふたりの者が棒で担がなければならないほどのぶどうの房(一房)を持ち帰りました。第二の情報は、その地に住む民は力強く非常に大きいこと、しかも、町々は城壁で囲まれているということでした。この二つの情報を元に、二つの異なる結論が出ました。ひとつは(ユダ族のカレブの判断)、「ぜひとも上って行き、そこを占領しよう。それができるから」というもの。もうひとつの結論は、「私たちはあの民のところに、攻め上れない」というものでした。きわめて常識的な判断から、カナンの地を偵察した結果がふたつに割れたのです。しかも(2対10)です。多数決によれば、「神がすでに与えてくださっている地を自分たちのものにはとてもできない」という結論に傾きました。これでは何のために神が彼らをエジプトの地から連れ出されたのか、皆目、わからなくなってしまうことになります。常識的に良かれと思ってしたことが、大変な事態(結論)を招いてしまったことになります。その事態とは、斥候として遣わされた12人の者たちで、ヨシュアとカレブの二人を除く10名のものは神にさばかれて疫病で死にます。そして彼らの影響を受けたすべての20歳以上の登録された者たちも、荒野で死ぬことが神によって定められました。偵察に要した40日の1日を1年にかぞえて40年間、彼らの背信の罪を償うために、やがて約束の地に入国する第二世代の者たちが40年間の放浪の旅を余儀なくされたのです。この40年間の放浪の旅におけるレッスンはただひとつ、それは「神を信頼して従う」ということでした。
  • このように、イスラエルの民は40年間の「夜」を経験した後、次世代の者たちがカナンの地を、新しい指導者であるヨシュアに率いられて目指すことになります。
  • これと似たような「霊的な夜」が40年どころか、400年近くにもわたって訪れるのです。先ほど、カナン侵入前に斥候を送る提案をモーセが主に申し上げた時には、主はそのことを許可されました。おそらく、主は民たちを「試した」のだと言いましたが、これと似たような話がサムエル記の中に出てきます。それは、当時、軍事国家であったペリシテの侵入を恐れ、その危機感からイスラエルの長老たちがみな集まり、預言者サムエルの前に「他の国と同じように私たちにも王を与えてください」と懇願しました。サムエルはこの要求を気に入りませんでしたが、主は「民の声を聞き入れよ」と言われました。民のこの要求は人間的に考えるなら常識的に思いますが、神にとっては自分が退けられたということを知っていたのです。神は長い時間をかけて、民が要求していることがどういうことかを思い知らせようとします。つまり、民の要求が、結果的に、自分たちの国を滅ぼす道を造り出すようになることを、神は体験的に教えようとされたのです。
  • 以上、民数記の中からイスラエルの民が経験した罪がもたらす「霊的な夜」についていくつか取り上げました。これらはみな、神がイスラエルの民をきよめて、真に神を求めさせ、神を知るようにさせるための恵みの訓練でした。それは見るからに、イスラエルの民のうちにある罪から来る「霊的な夜」です。しかしこの「霊的な夜」の経験を通して、神はイスラエルの民を通してご自身の栄光を現わそうとされたのです。ひとたび選んだイスラエルの民を妻としてふさわしく整えるのは夫である神の務めなのです。この務めは、神のご計画において最後の最後(メシアの地上再臨)まで続けられて、やがて実現に至らせるのです。それは神の熱意によるものです。
  • このように、私たちが民数記を読む時、常に心に留めていなければならないことは、使徒パウロがコリントの教会の人々に語ったように「これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たち (=キリストの花嫁) への教訓とするためです。」 (Ⅰコリント10:11~12)ということです。

3. 罪によらない「霊的な夜」の経験―使徒パウロの人生における特別な「夜」の経験を通して

  • 使徒パウロの人生を見るとき、特別に意味をもった「ある夜」があったことを使徒の働きは記しています。最初の「夜」の経験、これは「ある夜」とは記されていませんが、ダマスコ途上でキリストに出会って彼の目が見えなくなったとき、その暗闇の中でパウロは「主よ。私はどうしたらよいのでしょうか」と尋ねています。それまでは自分が正しいと思ったことはどこまでも熱心にやってきた彼でしたが、ここでは完全に自分の生きるべき方向を見失っています。その時の祈りがこの祈りでした。「ダマスコに行けば、するように決められていることはみな、告げられる」と主から言われて、パウロはダマスコへ行きます。そしてそこで目からうろこのようなものが落ちて新しいパウロが誕生したのです。これはパウロの罪がもたらした「夜」の経験でしたが、そうではない「夜」が彼の生涯におよび、それが神のご計画における新たな段階へと進ませたのです。そのことを見て行きたいと思います。
  • パウロの信仰生涯の中で冠詞を伴った特別な「夜」があるのは、使徒16章9節、および18章9節、23章11節の三回ですが、それぞれ「幻」によって、「幻の中の主の声」によって、直接主の声によってみこころが示されていきます。使徒16章9節では、行くべき方向性についての指示、18章9節では、継続すべき務めについての指示、23章11節では、パウロに対する神の最終目的の指示、-これらが示されていきます。この使徒パウロが経験した「夜」とは、「神はその愛する選ばれた者たちすべてを夜の中に導かれます」とバジレア・シュリンクのいうところのものです。神のご計画(ヴィジョン)が実現するために、より成熟した者とされていきました。神のイスラエルの民の仲介役がモーセであったように、パウロは花婿なるキリストと花嫁なる教会の仲介役として選ばれました。その彼がこう言っています。

【新改訳改訂第3版】Ⅱコリント11章2節
私は神の熱心をもって、熱心にあなたがたのことを思っているからです。私はあなたがたを、清純な処女として、ひとりの人の花嫁に定め、キリストにささげることにしたからです。

  • パウロが経験した夜は個人的なことかもしれませんが、それはすべて花嫁の模範的存在となるためです。キリストの花嫁である教会も、時としてさまざまな熱心な働きや多くの集会、行事をしながらも、時として花婿を見失ってしまうことがあるのです。いや、そのことに気づかないでいることさえ多いのです。しかし、それに気づいてどこまでも探し求めて見つけた花嫁は幸いです。パウロが経験したダマスコ経験や八方塞がりの状態、危険などは神が備えた「夜」でした。しかしそれは、花婿をどこまでも探して新たに見いだすための「夜」なのです。そんな視点から見ると、雅歌5章で花婿を見失った花嫁は花婿を見出すことができたのでしょうか。6章2~3節を見たいと思います。

【新改訳改訂第3版】雅歌6章2~4節
2 私の愛する方は、自分の庭、香料の花壇へ下って行かれました。庭の中で群れを飼い、ゆりの花を集めるために。
3 私は、私の愛する方のもの。私の愛する方は私のもの。あの方はゆりの花の間で群れを飼っています。

  • 6章2節で、花嫁は「私の愛する方は、自分の庭、香料の花壇へ下って行かれました。」と語っています。「庭」は「園」を意味する「ガン」(גַּן)という原語です。とすれば、やがてそれは花嫁と共に住むことになるパラダイスです。その園の中で花婿は自分の群れを飼い、ゆりの花を集めています。どうしてそのことを花嫁が知ったのかは記されていませんが、求める者にしか示されることのない幻を花嫁は見せられたのかもしれません。いまだ花婿を探し当ててはいないものの、花婿がどこにいるかがわかっただけでも花嫁にとっては大きな慰めなのです。
  • 花婿が自分の「庭の中で群れを飼い、ゆりの花を集める」とはどういうことでしょう。3節の後半でも花嫁は「あの方はゆりの花の間で群れを飼っています。」と語っています。似たような表現が二度も記されているのは強調表現です。フランシスコ会訳は「庭の中で戯れ、ゆりの花を摘むために。」「あの方のゆりの花の間で戯れていらっしゃいます。」と訳しています。原語「ラーアー」(רָעָה)には、「群れを飼う」という意味と、「戯れる(=交わること)」という意味の二つがあります。新改訳は前者の意味で訳し、フランシスコ会訳は後者の意味で訳しています。しかしここはフランシスコ会の方が適訳のように思います。なぜなら、「ゆりの花」とは神に選ばれた者たちの象徴であり、その者たちと花婿が親しく交わっている情景を描いているように思えるからです。その幻を見た花嫁は安心したはずです。イェシュアが後に、「なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。・・」と言って話したことがあります(マタイ6:28)。その「野のゆり」もヘブル語では「シューシャン」(שׁוּשַן)の複数形です。新共同訳は「野の花」と訳していますが、それではここの本当の意味が伝わりません。「ゆり」でなければならないのです。イェシュアは弟子たちと野に咲く「ゆり」の花を掛けて語られたのです。「ゆりの花」は神に選ばれた者たちのことだからです。

ベアハリート

カーラーの意味.JPG
  • 最後に、「花嫁」のことをヘブル語では「カッラー」(כַּלָּה)と言います。雅歌では4章8節を初めとして全部で6回使われています。右の図を見ても分かるように、「カッラー」は「花嫁」という意味だけでなく、「切望」「完成・成就」、そして「滅亡・絶望」という意味があるのです。このように、一つの語彙に両義性があるのはヘブル語の特徴です。それは、神のご計画には「救い」と「さばき」が内包されているからです。
  • 花嫁の存在は、花婿を切望することによって、花婿が支配する御国を完成させ、成就させるなくてはならない「ふさわしい助け手」なのです。しかしその完成の暁には、神のご計画に従わなかった者たちには「滅亡」を余儀なくされます。それゆえ花嫁の務めは、花婿を尋ね求めることを通して、より成熟した花嫁へと成長することで花婿の栄光を証し、神に立ち返る者たちが起こされるように祈らなければならないのではないでしょうか。

2015.9.6


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