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パウロの「御国の福音」について


4. パウロの「御国の福音」について


ベレーシート

●イェシュアが宣べ伝えた福音は「御国の福音」でした。それは公生涯での宣教におけるたとえ話や奇蹟を通しても、また復活後の40日間も、テーマはすべて「御国」に関するものでした。イェシュアの弟子たちが宣べ伝えた福音も、当然ながら「御国の福音」です。「御国」(ヘブル語「マルフート」מַלְכוּת、ギシリア語「バシレイア」βασιλεία)、あるいは「神の国」(ἡ βασιλεία τοῦ θεοῦ)という言葉そのものが、へブル的概念であり、メシアが王として支配する国、その領域、メシアによるすべての祝福を意味します。旧約の預言者たちは、メシアによる王国が実現する日を「その日」「終わりの日」として預言しています。ところでイェシュアの名を異邦人に宣べ伝えるために召されたパウロはどうだったでしょうか。パウロは自分が迫害していた「この道」のイェシュアの声を聞いたダマスコの劇的な回心以来、イェシュアこそ神の子であり、かつメシアであることを力強く論証する者となりました。ルカが使徒の働きの中でパウロのことばとして記録している箇所から、「バシレイア」(βασιλεία)ということばを使っている箇所を取り上げてみたいと思います。

1. 使徒パウロと「御国」(神の国)

(1)「使徒の働き」の中に記録されているパウロと「バシレイア」

①【新改訳2017】使徒の働き 19章8節
パウロは会堂に入って、三か月の間大胆に語り、神の国について論じて、人々を説得しようと努めた。

②【新改訳2017】使徒の働き 28章23節
そこで彼らは日を定めて、さらに大勢でパウロの宿にやって来た。パウロは、神の国のことを証しし、モーセの律法と預言者たちの書からイエスについて彼らを説得しようと、朝から晩まで説明を続けた。

③【新改訳2017】使徒の働き 28章31節
少しもはばかることなく、また妨げられることもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。

※パウロは第一次伝道旅行の町々でも、第三次伝道旅行のエペソの会堂でも、ローマでの軟禁生活でも神の国を宣べ伝えたことが記録されています。神の国という概念は、ユダヤ人に対しても、異邦人に対しても、モーセの律法と預言者たちの書(すなわち旧約聖書)によって論じ、説得し、説明しなければならないものだったのです。体験的な証しによって説得できるものではなかったのです。特に、エペソの教会の長老に対する訣別説教では、「神の国」ではなく、「御国」という言葉が使われています。意味としては同義です。


(2) パウロ自身が語る「バシレイア」

①【新改訳2017】使徒の働き 14章22節
弟子たちの心を強め、信仰にしっかりとどまるように勧めて、「私たちは、神の国に入るために、多くの苦しみを経なければならない」と語った。

②【新改訳2017】使徒の働き 20章25 節
今、私には分かっています。御国を宣べ伝えてあなたがたの間を巡回した私の顔を、あなたがたはだれも二度と見ることがないでしょう。

※ここで明確に分かることは、使徒パウロがエペソで宣べ伝えた福音は「御国」に関するものであったということです。その御国の福音について、パウロは「私は神のご計画のすべてを、余すところなくあなたがたに知らせた」(使徒20:27)と述べています。したがって、パウロの言う「御国の福音」とは、聖書によって論証すべき神のご計画の全貌だということです。つまり、御国の福音とは神のご計画の全貌であり、その成就とそれによってもたらされる祝福のことです。これについてパウロは余すところなく語ってきたということです。それゆえに、以下のことばが続きます。

③【新改訳2017】使徒の働き 20章32節
今私は、あなたがたをの神とその恵みのみことばにゆだねます。みことばは、あなたがたを成長させ、聖なるものとされたすべての人々とともに、あなたがたに御国を受け継がせること(「クレーロノミア」κληρονομία)ができるのです。

※「みことば」こそが「御国を受け継がせること」ができるのです。「みことば」は「ロゴス」(λόγος)で、イェシュア自身そのものであり、かつイェシュアの語ったことばです。ここでパウロが「御国を受け継がせる」と表現している語彙が「クレーロノミア」という言葉なのです。イェシュアの語った「柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐからです。」にある「地を受け継ぐ」は、「受け継ぐ」という動詞「クレーロノメオー」(κληρονομέω)と名詞の「地」(「ゲー」γῆ)の二つの語彙が使われていますが、パウロの言う「御国を受け継がせる」ことは「クレーロノミア」(κληρονομία)という一語で表されているのです。ヘブル語では「ナハラー」(נַחֲלָה)です。


2. 使徒パウロの言う「御国を受け継ぐ」という「クレーロノミア」

●パウロが「御国を受け継がせること」と表現している語彙「クレーロノミア」という言葉は、実はイェシュアの語ったたとえ話(マタイ21:38、マルコ12:7、ルカ20:14)の中に出てくる言葉です。

【新改訳2017】マタイの福音書21章38節
すると農夫たちは、その息子を見て、『あれは跡取り(「クレーロノモス」κληρονόμος)だ。さあ、あれを殺して、あれの相続財産(「クレーロノミア」κληρονομία)を手に入れよう』と話し合った。

●キリストにある者はみな神の子であり、「跡取り」(「クレーロノモス」κληρονόμος、相続者)です。そして相続者こそ「相続財産を受け継ぐ」(「クレーロノミア」κληρονομία)ことができるのです。この相続財産が御国に備えられているものであることは言うまでもありません。「相続財産を受け継ぐ」とは「御国を受け継ぐ」ことと同義です。

●イェシュアはこの相続財産のことを「(天にある)」(マタイ6:20)とし、ペテロは「資産」としています。いずれも、朽ちることも汚れることもない、消えていくことも盗まれることもない宝であり、天に蓄えられた霊的な資産なのです。使徒パウロは、エペソ人への手紙で「天上にあるすべての霊的祝福」(1:3)とも、「御国を受け継ぐ」(1:14)とも言っています。コロサイ書では「上にあるもの」(3:1)という言い方をしています。

3. 「御国を受け継ぐ」という救済史的背景

●神の民イスラエルが約束の地であるカナンを占領したとき、シロの会見の幕屋で、神は12の部族にくじをひかせ、それぞれ割り当てられたところを相続地(嗣業)として与えました。
(1)アシェル (2)ナフタリ (3)ゼブルン (4)マナセ (5)ガド (6)エフライム (7)ダン (8)イッサカル (9)ベニヤミン (10)ルベン (11)ユダ (12)シメオン
ところが、レビ族だけは割り当て地がありませんでした。なぜなら、彼らの相続地は神ご自身だったからです。

●イスラエルの民に約束された相続地は、文字通り、メシア王国(千年王国)の時に与えられます。⇒エゼキエル47~48章参照

しかしレビ族の相続が神ご自身であるというこの立場が、やがて新約時代においては拡大適用されて異邦人にもたらされます。新約時代においては、神から与えられる相続地(嗣業)のことを、永遠の「安息」(ヘブル4:10,11)とか、永遠の「都」とか、「天の故郷」、永遠の「神の国」、「御国」と呼ぶようになります。しかも、キリストにあって受け継ぐべき「財産」「遺産」「相続」「相続財産」など(「クレーロノミア」κληρονομία)が、レビ族の相続が神ご自身であるというかつてと同じ意味で用いられるようになったのです。パウロを初めとする新約聖書の著者は、神と神の国、つまり「御国を受け継ぐ」(相続する)ことを最大の祝福と見ています(使20:32,エペ1:14,18,5:5,コロ3:24.参照ヘブ9:15,Ⅰペテ1:4)。


2019.2.7


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