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エドムに対する神のさばきの預言

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33. エドムに対する神のさばきの預言

【聖書箇所】 35章1節~15節

 ベレーシート 

  • 34章からイスラエルの回復の預言がはじまるやいなや、35章ではエドムに対する神のさばきの預言がなされています。なぜ、エドムのことがイスラエルの回復の預言の中にあるのでしょうか。その問いかけに対しては、イスラエルの回復とエドムが一掃されることとは密接な関係にあったからです。それについて聖書の言及を見てみたいと思います。

1. エドムの陰謀

  • 35章はエドムを代表する「セイル山」に向かって預言するようエゼキエルは命じられました。「エドム人」はヤコブの兄エサウから出た氏族の総称です。新約時代では「エドム人」の子孫である「イドマヤ人」がいます。ヘロデ一家はその流れです。

【新改訳改訂第3版】エゼキエル35章5節

おまえはいつまでも敵意を抱き、イスラエル人が災難に会うとき、彼らの最後の刑罰の時、彼らを剣に渡した。

  • 上記のフレーズの中に「おまえはいつまでも敵意を抱き」とあるように、エドム人はヤコブの子孫を憎み続けました。エドムの執念深い恨み、兄弟を赦そうとしない心の頑なさ、同時に兄弟の最も苦しい姿を喜ぶ冷酷さがあります。それゆえ、彼らはそのヤコブの子孫であるユダがバビロンによって滅ぼされるときに手助けをした(実際に、エルサレムから逃れて来る者を剣で殺しました)だけでなく、窮地に便乗して土地の乗っ取りを謀ろうとする腹黒さがありました。事実、捕囚時にはユダの南部に侵入してその土地を自分たちのものにしようとしたのです。
  • 「バビロンの川のほとり、そこで、私たちはすわり、シオンを思い出して泣いた」ではじまる詩篇137篇の7節に、「主よ。エルサレムの日に、『破壊せよ、破壊せよ、その基までも。』と言ったエドムの子らを思い出してください」との祈りには、本来、兄弟関係にありながらも、その冷酷無慈悲な態度と腹黒い魂胆が見え隠れしたエドムの背景があったのです。エドムは常に反ユダヤ主義を代表しています。

2. エドムに対するさばき

  • エルサレムがバビロンによって陥落した後で、エドム人たちはひそかに「二つの民、二つの国」を自分たちのものとして占領しようと企んでしました。「二つの民、二つの国」とは、北イスラエルと南ユダのことです。神が彼らに与えた相続地を自分たちの地として占領しようとしたのです。しかし、そこは神がご自身の民に与えられた相続地です。やがて、そこに神の民を帰す計画をもっていました。したがって、そこを占領したエドムを一掃するさばきが命じられたのです。そのさばきとはエドムを「荒れ果てさせ、廃墟とする」ことでした。以下の25章12~14節も参照のこと。

【新改訳改訂第3版】エゼキエル書25章12~14節
12 神である主はこう仰せられる。エドムはユダの家に復讐を企て、罪を犯し続け、復讐をした。
13 それゆえ、神である主はこう仰せられる。わたしはエドムに手を伸ばし、そこから人も獣も断ち滅ぼし、そこを廃墟にする。テマンからデダンに至るまで人々は剣で倒される。
14 わたしは、わたしの民イスラエルの手によってエドムに復讐する。わたしの怒りと憤りのままに彼らがエドムに事を行うとき、エドムは、わたしが復讐するということを知る。──神である主の御告げ──

  • エドムに対する神のさばきの預言は、全イスラエルの回復の預言と一対になっているのです。主がアブラハムに語られた「あなた(アブラハムとその子孫)を祝福する者をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う」との約束は、エドムに対するさばきによってその確実性が高められたのです。それは「わたしが主であること知る」ためのあかしとなるためです。

3. オバデヤ書との関連

  • 今回のエドムに対する神のさばきに関連して、小預言書のオバデヤ書(アモス書とヨナ書の間にあり、わずか1章だけの書です)を一見しておきたいと思います。というのも、オバデヤ書はまさにエドムの滅亡を預言している書だからです。エドムが神に罰せられるのは、兄弟イスラエルに対する暴虐行為のためでした。バビロンがエルサレムを攻めたときに、援軍を出さないばかりか、むしろバビロンに味方し、エルサレムの略奪に加わったからでした。

2013.6.28


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