****** 詩篇は、神と私たちの生きた関係を築く上での最高のテキストです。******

「現代社会に問いかけるアーミッシュの生きかた」

現代社会に問いかける「アーミッシュの生きかた」


Plain Peaple
  • 今日(2009.10.12)は、妻とともに、旭川の国際染織美術館で開かれている特別展、「アーミッシュの生きかた」を観てきました。Plain Peapleとも呼ばれるアーミッシュの人々は、簡素な生活と古くからの伝統(習慣)を大切にして生きています。彼らはキリスト教の再洗礼派と呼ばれる流れの一派で、三百年前にドイツからアメリカに移住しました。彼らは聖書の生き方をそのままに生きようとしたために激しい迫害を受け、その結果、アメリカに移住することを余儀なくされました。その共同体を「アーミッシュ(Amish)」と呼んでいます。

  • 展示会にある「現代社会とアーミッシュ」のコーナーの説明をメモしてきました。以下はその抜粋です。
  • 「現代社会はモノと情報の豊富さを前提にして拡大し、生活を成り立たせようとしてきた。社会組織についていえば、学校、企業、団体、政治に至るまで、小規模から大規模組織へと変化した。それに対してアーミッシュは小規模に固執し、生活をできる限りローカルに留め、簡素な生活様式をとり続けてきた。彼らは自分たちのペースを守りながらモノや情報のやりとりをコントロールした生き方をしたために、結果としては、現代社会と非常に大きな隔たりが生じている。」
  • ところが、そうしたアーミッシュの生きかたが、今日に生きる私たちに、「進歩とは何か」を問いかけるひとつのたとえとなっているのです。

  • 驚くべきことは、家に電話や電気も引かず、自動車も持たず、ラジオもテレビも掃除機もないという、きわめて不便で、情報量も少なく、限られた自由しかないように思われているアーミッシュの人々が、物質的なものよりも、むしろ、精神的なものに喜びを感じ、その幸福度はきわめて高く、自分たちの生活に満足して生きているという事実です。ゆっくりと流れるアーミッシュの時間感覚とその独自な文化が、彼らが意識するとしないとにかかわらず、現代社会に新鮮な輝きを放っているということです。特に、家族の絆を大切にする彼らの生き方は、人間性の回復を試みようとしている現代において間違いなく大きな示唆を与えています。

  • 彼らのライフスタイルはきわめて退屈な生き方です。しかし小さなことに、シンプルなことに喜びを見出せるということは、まさに「退屈力」であり、今日の「超刺激社会」に生きる人々とはまさに対極的です。特に、アメリカの世界恐慌以来の経済至上主義、経済成長とそれに伴う超消費社会構造におけるさまざまな弊害から自分たちの生き方を守るために、アーミッシュの人々が運命共同体、あるいは生活共同体として生きているということはひとつ秘義といえます。それは聖書に基づく確かな信念と同じ価値観によって成り立っているがゆえの生き方です。しかしそうした生き方を、子どもたちに強制的に押しつけることなく、思春期・青年期のゆれを受け入れながら、成人になってから、自分の意志でそれを選ばせています。そこに信仰の真の自由があり、力があります。そのことなしにはアーミッシュな生き方は成り立つことができないのだと思います。
  • 彼らと同じ生き方をすることはできないとしても、彼らの生き方が、私の心の中にひとつの憧れの種を蒔いてくれたことだけは確かです。


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