2. 毎日少しずつ
- 子どもは一度に大人になれない。ギリシア語も一足飛びに大成することは出来ない。毎日の食事のように、毎日の勉強が必要である。人間は食いだめが出来ない。言葉の学習においても、食いだめは結局消化不良を招いて中途に倒れなければならぬ。また、使わねば、人は自分の母国の言葉さえ忘れ去るであろう。毎日少しずつ。
- 学習の多寡、遅速ではない。要は毎日勉強するか否かである。成否はこの一時にかかる。兎と亀の寓話は、大きな慰めと励ましを与える真理である。
「点滴は不断の行為によって岩を穿つ」(コィリロス)