ラバンから合法的に報酬を得ようするヤコブの手腕
3. 創世記 Ⅱの目次
34. ラバンから合法的に報酬を得ようするヤコブの狡知
【聖書箇所】 創世記 30章25節~43節
はじめに
- 30章前半ではヤコブの子どもたちがどのようにして生まれてきたかについて記されていましたが、後半はヤコブの財産がいかにして増えていったか、叔父ラバンとの駆け引きとヤコブの巧妙な工夫が記されています。
1. ラバンとの駆け引き
- ラケルがヨセフを産んで後、ヤコブはラバンに言います。25節「私を去らせ、私の故郷の地へ帰らせてださい。」と。「去らせて」と訳された動詞は「シャーラハ」
(שָׁלַח)の命令形で、悪い意味では「追い出す」、良い意味では「送り出す、遣わす」です。⇒次を参照のこと
- つまり、ここでヤコブは後者の意味でラバンが好意的に、配慮をもって自分を故郷に送り出して欲しいと強意形ピエル態で語っています。ここのピエル態を意識して訳しているのは以下の訳です。岩波訳は「送り出し」、関根訳は「自由にして」、新共同訳は「独り立ちさせて」と訳しています。ギリシア語にはないヘブル語動詞独自の強意形はいつもチェックすべきです。ヤコブはここでラバンに好意的な関係の中で自分を故郷に送り出してほしいと言っているのです。
- その申し出にラバンは「もしあなたが私の願いをかなえてくれるなら・・。」と条件文で、その後の主文がありません。岩波訳にはこれは「ラバンの狼狽ぶりを表す」とその脚注にしるしています。ヤコブのおかげて自分の財産が増えたので快く帰すことをしぶったとも言えます。ラバンはヤコブの働きぶりをよく知っており、ヤコブのおかげで主は自分を祝福してくれたことを述べています(ここの「祝福する」も強意形です)。ラバンはそれなりの報酬をヤコブに申し出るように言いますが、これまで、二人の娘以外は何一つ報酬をもらっていなかったヤコブにはラバンのことばが信用できませんでしたが、「何をあげようか」(31節)というラバンの申し出に、ヤコブは即座にラバンと駆け引きをしたのです(31~34節)。これはとっさに出てきたものではなく、ヤコブが前から考えていたことのように思います。
2. ヤコブの提案に合意したラバン
- ヤコブが来るまではわずかだったラバンの財産は、ヤコブと主の祝福によって増えて多くなったのでした。「増える」と訳されたヘブル語は「パーラツ」פָּרַץ(parats)です。「広がる、拡大する、拡張する」とか「勢いよく流れ出る」といった意味です。創世記では神がヤコブに約束した28章14節の「あなたは西、東、北、南へと広がり」の「広がり」がそうです。30章では30節と43節に使われています。出エジプト記1章12節では「しかし苦しめれば苦しめるほど、この民はますますふえ広がったので・・」とあります。また、「割り込む、押し除けて通る」という意味もあります。創世記28章29節を見ると、ユダの双児の息子の一人は「ペレツ」と呼ばれます。それは彼が割り込んで先に生まれたからです。
- 多く増えたにもかわらず、それらはすべてラバンの所有であり、ヤコブには何ひとつ自分のものはありませんでした。そこでヤコブは自分が家族を養っていくためにも自分の財産が必要であることからラバンにこう提案したのです。
- その提案は、やぎと羊の中から価値のないものを報酬としてくださいということでした。当時の羊は白いのが普通で、山羊の場合は黒いのが普通でした。ですから、そうでないものは数の少ない例外的なものか、価値の低いものだったのかもしれません。ラバンにとって、そのような価値の低いものをヤコブが自分の報酬として欲しいというのですから、結構なことです。早速、ラバンは自分の群れの中から、それら(具体的には、身に白い毛のある山羊と、黒毛の羊)を取り出し、自分の息子たちに託しました。ヤコブは引き続いてラバンの山羊や羊の群れを飼うことになりますが、ヤコブはそこからさらに自分の財産を築くべく知恵を働かせようとしていたのです。
- 一方のラバンは自分の群れとヤコブに手渡した群れが容易に混ざることがないように、「三日の道のりの距離」を置きました。この行為の意味するところは、結局のところ、ヤコブに良いものは一切与えようとはしないラバンの私利私欲な貪欲な面を伺わせます。
3. 自分の財産を増やしたヤコブの狡知
- ヤコブは価値の低い山羊と羊を、ラバンの同意のもとで手に入れることができました。ヤコブはラバンのところで長い間、忠実に仕えるうちに山羊や羊をどのようして多く増やせるかその方法を知り尽くしていました。それゆえにヤコブは合法的に、6年間かけて、自分の所有となる山羊や羊を多く生み出し、しかも、より強いものにしていきました。そうしたヤコブの狡猾な知恵と思われる所に聖書はなんと強意形を用いているのです。それは木の枝の「皮をはぐ、皮をむき出しする」(30:37, 38)ということばがそうです。いずれもピエル態で用いられています。「木の皮をはいで、白いところをむき出しにする」の「白いところ」はヘブル語の「ラバン」(「ラーヴァーン」לָבָן)が使われ、「ラバンを裸にする」という一種の類感呪術的行為と説明されています(岩波書店「創世記」)。
- 水を飲みに来るところに皮をはいだ枝を入れることで、家畜にさかりがつくことをヤコブは知っていました。そして、ヤコブは量だけでなく、質的にも強いものを得る工夫をしていったのです。それゆえに、ヤコブはますます豊かになり、「大いに富む」者となったのです。
- ヤコブの父イサクはアブラハムのすべての財産を相続していました。しかしヤコブの場合は、すべて自分の知恵によって財産を築いたかのように見えます。しかしヤコブ自身はそうは考えていなかったようです。神がラバンの家畜を取り上げて、私に下さったのだと理解していたのです(31:9)。
2011.10.05
【30章40節の訳の問題】
- 30章40節はだれもが頭に混乱を来してしまう部分です。新改訳も新共同訳も、いずれもここで思考停止させられてしまうほどに、筋の通らない訳となっています。原文を見ると「ラバン」ということばがどこにかかるかという点が問題なのだと思います。この40節を尾山訳で読むと意味がよく理解できます。
【新改訳改訂第3版】
ヤコブは羊を分けておき、その群れを、ラバンの群れのしま毛のものと、真っ黒いものとに向けておいた。こうして彼は自分自身のために、自分だけの群れをつくって、ラバンの群れといっしょにしなかった。【新共同訳】
また、ヤコブは羊を二手に分けて、一方の群れをラバンの群れの中の縞のものと全体が黒みがかったものとに向かわせた。彼は、自分の群れだけにはそうしたが、ラバンの群れにはそうしなかった。【尾山訳】
「ヤコブはラバンの羊を自分の黒い羊と交尾させ、そこで生まれた黒と白の毛が入り混じっている羊をみな、自分のものとして、ラバンのものとは別にしておいた。
- ラバンの羊はすべて白毛のはずです。その白毛の羊とヤコブの縞と黒い羊を交尾させることで、縞と黒毛の羊を生まれさせました。つまり、ラバンの白毛の羊たち同士を交尾させなかったことになります。そのためにラバンの羊は増えることはなかったのです。
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