****** キリスト教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

ヨエル書の瞑想を始めるに当たって

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0. ヨエル書の瞑想を始めるに当たって

ベレーシート

  • 「ヨエル書」―ホセア書とアモス書の狭間に置かれているわずか76節からなる小預言書です。「ヨエル書」と言えば、五旬節に注がれた聖霊降臨(使徒の働き2章)の預言の箇所(ヨエル2章28~32節)として有名です。未曾有の大災害をもたらすイナゴの大軍の来襲、その来襲は「主の日」として語られています。この「主の日」(1:15、2:1, 11, 31、3:14)こそ、ヨエル書の大きな主題です。この出来事が指し示すのは神のさばきであり、同時に、神の救い(回復)の恩寵でもあります。

1. ヨエル書の書かれた年代

  • 預言者ヨエルのプロフィールについての情報は「ペトエル(פְּתוּאֵל)の子ヨエル脚注」(1:1)のみできわめて希薄ですが、その語源が「パータット」(פָּתַת)とするならば、「砕く」という意味があります。書かれた年代の有力な証拠はヨエル書にはありませんが、年代が想定できるわずかな材料があります。それは、アモス書の中に2箇所だけ出てくるヨエルの預言の引用と思われるものです。
    (1)ヨエル書3章16節が、アモス書1章2節に。
    (2)ヨエル書3章18節が、アモス書9章13節に。
    このことによって、ヨエルはアモスよりも年代が古い人であったと言えます。アモスは北イスラエルにおいて、B.C.790年頃に預言活動をしましたから、おそらくヨエルはエリヤとその後継者エリシャの時代に、エルサレム(シオン)に対して預言したのではないかと考えられます。

2. ヨエルはホセアやアモスのように記述預言者であった

  • イスラエルには二つのタイプの預言者がいます。一つのタイプは、エリヤ、その後継者エリシャのような「行動預言者」で、彼らは神への信仰が希薄となっている北イスラエルにおいて「主は生きておられる」ことを奇蹟によって示した預言者です。そしてエリヤやエリシャの語ったメッセージは書物としてまとまったものは残されていません。もう一つのタイプは、奇蹟を行わず、ただ神から託された神のことばを告げ知らせた「記述預言者」です。ホセア、アモス、イザヤ、エゼキエルといった偉大な預言者たちがいます。そして、ヨエルもその一人なのです。

3. ヨエル書の解釈の三つの視点

(1) 字義的解釈
●ヨエル書に出て来るいなごの大軍の来襲は字義的に解釈される必要があります。なぜなら、古代中近東はいなごの大軍の来襲によって、しばしば大きな災害に見舞われている地域だからです。いなごの大軍の来襲は何千万、何億匹という数で植物性のものをすべて食い尽くすため、食糧の飢饉を招きます。それほどの深刻な被害をもたらすいなごの来襲は、中近東の人々にとっては最も恐れる災害でした。しかも、突然の豪雨のようなイメージの恐怖感を伴う来襲です。ヨエル書のいなごは、まずは字義通りのものと考えるべきであり、恐るべき来襲と呼ぶべきほどのものであったということです。

(2) 比喩的解釈
●しかし、ヨエル書のいなごの大軍は、同時に「諸国の民」の比喩ともなっています。歴史的な大災害の体験を踏まえて預言がなされているのです。つまり、やがて北の方からアッシリヤ、バビロンといった巨大な強敵がイスラエルの国に攻め込んで来て、そこを蹂躙するという意味でもあるのです。ただ異なるのは、いなごの大群は南から来て中近東を襲うのに対して、「諸国の民」による災禍は北から来るという点ですが、いずれにしても前代未聞の主のさばきであることには間違いないのです。

(3) 終末的解釈(黙示的解釈)
●旧約聖書にある災禍の出来事は、ひとつのパターンとして考える必要があります。つまり、ヨエル書のいなごの大軍の来襲という出来事は、神の不変のご計画(マスタープラン)の視点から解釈される必要があります。つまり、神はご自身のご計画によってすべての物事を定めた目的の実現へと向けて行かれます。その舞台は歴史です。その歴史という舞台において、神は繰り返されるパターンをもってご自身のご計画を導いておられることを理解する必要があります。

●終末的解釈とは、御国の福音において神のパターンを理解することを意味します。つまり、世の終わりに臨む恐るべき「主の日」を啓示するものとして理解することです。そのために聖書全体から神のご計画について、ある程度の知識を得ることが必要です。ヨエル書は同時代の人々を目覚めさせて切迫している災禍に警鐘を鳴らすと同時に、神の最終的なご計画をも啓示しつつ語っているからです。この視点をもちながら、ヨエル書の預言的意味について瞑想する必要があるのです。

●したがって(1)(2)(3)の中のいずれかの解釈ではなく、(1)(2)(3)のすべての視点から解釈することです。そのことによって、ヨエル書は過去の書ではなく、まさに今日的、将来的な預言書として私たちに語りかけてきます。ただしその預言の成就はすでにペンテコステにおいて実現しています。しかし神の民イスラエル(ユダヤ人)においてはこれからのことです。ヨエルの預言がイスラエルの民(ユダヤ人)において成就するとき、メシア・イェシュアが再臨され、メシア王国がこの地上に実現します。そしてキリストの花嫁である教会もそこに合流するのです。ですから、異邦人クリスチャンはこのことに決して無関心であってはならないのです。

4. ヨエル書の構成区分

  • ヨエル書の構成区分が以下のように、聖書によって異なっています。

    新改訳、口語訳
    1:1~20


    2:1~32


    3:1~21

    新共同訳、岩波、バルバロ、関根訳
    1:1~20


    2:1~27
    3:1~5


    4:1~21


5. 新約聖書におけるヨエル書の引用箇所

  • つまり、新改訳、口語訳の2章28~32節の部分は、他の訳では3章1~5節として区分されているということです。この部分は五旬節(ペンテコステ)に使徒ペテロによって引用された箇所です。

ヨエル書【新改訳改訂第3版】
2:28 その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。
2:29 その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。
2:30 わたしは天と地に、不思議なしるしを現す。血と火と煙の柱である。
2:31 【主】の大いなる恐るべき日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。
2:32 しかし、【主】の名を呼ぶ者はみな救われる。【主】が仰せられたように、シオンの山、エルサレムに、のがれる者があるからだ。その生き残った者のうちに、【主】が呼ばれる者がいる。

使徒の働き【新改訳改訂第3版】
2:16 これは、預言者ヨエルによって語られた事です。
2:17 『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。
2:18 その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。
2:19 また、わたしは、上は天に不思議なわざを示し、下は地にしるしを示す。それは、血と火と立ち上る煙である。
2:20 主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。
2:21 しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。』


脚注
「ヨエル」という名前はごく一般的な名前であったようです。旧約聖書には同じ名前が預言者ヨエルを除いて13人登場します。
①サムエルの長男(Ⅰサムエル8:2)
②レビ人で賛美リーダーのヘマンの父(Ⅰ歴代誌6:33、15:17)
③シメオン人(Ⅰ歴代誌4:35)
④ルベン人(Ⅰ歴代誌5:4, 8)
⑤バシャンに住んだガド族のかしら(Ⅰ歴代誌5:12)
⑥レビ人のケハテ族でアザルヤの子、エルンナの父(Ⅰ歴代誌6:36)
⑦イッサカル族のかしら(Ⅰ歴代誌7:3)
⑧ナタンの兄弟でダビデの勇士のひとり(Ⅰ歴代誌11:38)
⑨オベデ・エドムの家から契約の箱を運ぶのを手伝ったゲルショム族のひとり(Ⅰ歴代誌23:8, 26:22)
⑩マナセ族ベダヤの子(Ⅰ歴代誌27:20)
⑪改革を行ったヒゼキヤを補佐したケハテ族のひとり(Ⅰ歴代誌29:12)
⑫外国人の妻を追い出したネボ族のひとり(エズラ10:43)
⑬ジクリの子で、ネヘミヤの時代のエルサレムの監督者(ネヘミヤ11:9)

2015.1.7


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