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エレミヤの召命(1)

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2. エレミヤの召命(1)

【聖書箇所】 1章4節~10節

ベレーシート

  • 1章4節からはエレミヤの召命について記されていますが、ここでは、4~10節のみを扱います。


1. エレミヤに対する神の召命の不可抗力性

  • 神がエレミヤを召し出されたのは、エレミヤがまだ誕生する前からでした。そのことをエレミヤは知らずにいたのです。しかし時至って彼はそのことを知らされることになります。私たちは、「召命の神秘性と不可抗力性」をエレミヤを通して知ることができます。

(1) 動詞「ハーヤー」に見る不可抗力性

【新改訳改訂第3版】
エレ 1:4 次のような【主】のことばが私にあった
【新共同訳】
エレ 1:4 主の言葉がわたしに臨んだ

  • 4節には、「次のような主のことばが私にあった。」とあります。これは定型句と言えますが、その中にある「あった」(新共同訳では「臨んだ」)と訳されるヘブル語は「ハーヤー」(הָיָה)です。これはヘブル語の特徴を顕著に表すきわめて重要な動詞であり、神の主権性を表わす、いわば不可抗力的な性質を持っています。ちなみに、1章2節、3節、11節、そして2章1節にも「ハーヤー」が使われています。
    「ハーヤー」についてはこちらを参照

(2) 「アーノーヒー」אָנֹכִיの語彙に見る不可抗力性

【新改訳改訂第3版】エレミヤ書1章7節
「まだ若い、と言うな。わたしがあなたを遣わすどんな所へでも行き、わたしがあなたに命じるすべての事を語れ。」

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  • 上記の7節は、エレミヤが神の召命を固辞したことに対して神が語った言葉です。この節の原文を観察すると、「まだ、若いと言うな」と命じられた後が以下のようになっています。どの翻訳も訳していませんが、「わたしは」を意味する独立人称代名詞である「アーノーヒー」(אָנֹכִי)が置かれていて、そのあとに理由を説明する「キー」(כִּי־)が置かれています。

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  • 訳としては、口語訳、新改訳、新共同訳が「行け」「語れ」と命令形に訳しているのに対し、NKLV訳では
    For you shall go to all to whom I send you, And whatever I command you, you shall speak.
    と訳しています。つまり、「なぜなら、わたしがあなたを遣わすすべてのところに行くようになる。また、わたしがあなたに命じるすべてのことをあなたは語るようになるからだ」と訳しています。
  • ところで、ここ(7節)で注目したいのは、「キー」のあとに理由を説明する文の動詞には、主格の人称代名詞と接尾の人称代名詞がついているにもかかわらず、「キー」の名前に「アーノーヒー」という独立人称代名詞が存在していることです。この語彙の存在こそ召命の不可抗力性を表すものと言えます。
  • つまり、「まだ、若いと言うな」という神のことばの根拠として、「アーノーヒー」(אָנֹכִי})(わたし)という語彙が、あなたを「行かせ」「語らせ」ていくからだという神の主権性を主張しているように思います。

2. エレミヤに対する神の召命の計画

  • 5節のことばはエレミヤに対する神の召命の時期と目的が示されています。

【新改訳改訂第3版】エレミヤ書1:5

「わたしは、あなたを胎内に形造る前から、あなたを知り、あなたが腹から出る前から、あなたを聖別し、あなたを国々への預言者と定めていた。」

  • 上記にある三つの動詞に注目すると、以下の事柄が明確になります。


(1) 「知る」・・原語は「ヤーダ」(יָדַע)で、特別な関心とかかわり(親しさ)を意味します。エレミヤが生まれる前からも、また主とのかかわりを自覚するようになっても、主は特別な関心とかかわりを持とうとしたことが分かります。主はエレミヤ自身以上に彼のことを知っておられるのです。
(2) 「聖別する」・・原語は「カーダシュ」(קָדַשׁ)の使役形で、ある目的のために取り分けること、分離させることを意味します。
(3) 「定めていた」・・原語は「ナータン」(נָתַן)で、ここでは神はエレミヤを預言者とすることを意味しています。

  • 使徒パウロも自分に与えられた召しについて次のように語っています。彼は「この道」を信じる者たちを捕えようとしてダマスコに向かいましたが、その途上でイエスと出会って180度の転換をしました。その後、ガリラヤ人への手紙の中で彼は「生まれたときから私を選び分け、恵みをもって召された」ことを述べていますが、エペソ人への手紙には、「世界の基の置かれる前からキリストのうちに選んだ」と記されています。

3. エレミヤが預言者として語るべきこと

  • 10節は預言者としての任命が「見よ。わたしはきょう、あなたを諸国の民と王国の上に任命し」とあるように、一回的出来事として記されています。そして、その預言の内容は「破壊と建設」です。建築用語と農業用語が交互に用いられています。「破壊」は審判(さばき)、「建設」は回復です。

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  • 上記の6つの動詞の中から、回復の恩寵用語として、二つの動詞を選んで瞑想したいと思います。

(1) 「建てる」バーナー(בָּנָה)
この恩寵用語は旧約で376回、うち24回はエレミヤ書にあります。
聖書箇所は、
1:10/7:31/12:16/18:9/19:5/22:13, 14/24:6/29:5, 28/30:18/31:4, 4, 28, 39/32:31, 35/33:7, 7/35:7, 9/42:10/45:4/52:4

詩篇102篇16節の「バーナー」の瞑想)参照のこと。


(2) 「植える」ナ―タ(נָטַע)

「ナータ」は旧約で58回、うち16回はエレミヤ書で特愛用語です。
聖書箇所は
1:10/2:21/11:17/12:2/18:9/24:6/29:5, 28/31:5, 5, 5 28/32:41/35:7/42:10/45:4

「植える」「作る」「設ける」という意味があります。この「ナータ」が聖書で最初に使われているのは創世記2章8節です。「神である主は、東の方エデンに園を設け、そこに主の形造った人を置かれた」(新改訳)とありますが、園を「設けた」が「ナータ」です。また、創世記9章20節では「ノアは農夫となり、ぶどう畑を作った」(新共同訳)の「作った」も「ナータ」です。

主はご自身の民を「植えられる」ということは、やがて根を張り、伸びて、実を結ばせるためです。神と神の民が良いかかわりを築くために、神が先行的恩寵として民を「植えられる」のです。詩篇80篇8節にはこう記されています。
「あなたは、エジプトから、ぶどうの木を携え出し、国々を追い出して、それを植えられました。」

ちなみに、ヘブル語にはもう一つ「植える」(「シャータル」שָׁתַל)という動詞があります。この語彙についてはこちらを参照。詩篇1篇の恩寵用語


2013.1.11


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