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2.エズラ記の構造と概要

歴史書(2)」の目次

2. エズラ記の構造と概要

 

(1) 構 造 
 

〔1~6章〕神殿の再建―帰還から神殿完成まで〔7~10章〕律法による民の再建―エズラの活動
  • 第1~6章には、紀元前537年のクロス王の勅令とゼルバベルと大祭司ヨシュアの下に行われたユダヤ人の帰還など、エズラがエルサレムに到着する60年から80年前に起きた出来事が記録されている。第7~10章には、エズラのエルサレムへの帰還の様子が描かれている。

(2) 概 要

①神殿の再建(1~6章)

  • 「油そそがれた者クロス」とイザヤが預言したごとく(イザ45章1節)、バビロンを打ち破ったペルシャ王クロスは、神の特別の器とされた。主が「クロスの霊を奮い立たせた(エズラ1章1節)」のである。征服者ペルシャが出した勅命は「捕囚のイスラエルは故郷に帰り、破壊された神殿を再建せよ。」という驚くべきものであった。しかも「主の御名によって」クロスは命じた(1章2~3節)。前代未聞の歴史的事件がここに起こったのである。
  • <第一次帰還>は大祭司ヨシュアと総督ゼルバベルによって率いられた。ゼルバベルはダビデの子孫ではあったが、もう王とは呼ばれない。ヨシュアは大祭司、アロンの子孫である。そして指導者はダビデの子孫の総督ゼルバベルではなく、大祭司ヨシュアである。以後、イスラエルの最高の指導者は祭司に移った。それは王たちが偶像礼拝を行ったためにイスラエルが滅びることとなったからである。そのために義しく礼拝を導く祭司が指導者となった。そして祭司の働きによってイスラエルの将来が決定づけられるようになったのである。
  • 帰還した人々は、B.C.537年に「エルサレムの神の宮の礎を据えた」(エズラ5章16節)。しかし、クロス王の生存中に再建はそれ以上進まなかった。あまりにも荒廃したエルサレムに人々の意欲がそがれてしまったからであり、人々自身もあまりにも貧しかったからである。この当時のユダヤ人の持つ意識については、預言書ハガイ、ゼカリヤに書かれている。まだ人口が十分に回復していなかったことと、また近隣の人々、特にサマリヤ人の妨害があったからである(エズラ4章1節~4章5節)。クロス王の息子であるカンビセスは、サマリヤの長官との往復書簡で、エルサレムを武装化することはペルシャ帝国の安泰と秩序を乱すもととなる、という進言を受けて神殿工事を中止させたからである(同、4章7~23節)。
  • クロスの勅令から18年後に、預言者ハガイとゼカリヤは勇気を失っていたユダヤ人を励ました。また、ダリヨス王はクロスの勅令を確認し、中止から15年目になって再建が許可された(同、6章7、8節)。注3
    工事は順調に進み、4年後に神殿は完成した(6章13~18節)。注4

② 律法による民の再建―エズラの大規模な改革―(7~10章)

  • 神殿が完成した後、エズラが歴史の舞台に登場するのは、それより約60年後のことである。その頃になると民全体の信仰は堕落の一途をたどるようになっていた。
  • <第二次帰還>を率いたのは、祭司であり、律法学者のエズラであった。彼の改革によって以来、ユダヤ人は偶像礼拝をしなくなった。エズラが果たした功績をまとめてみよう。

a.エズラはモーセの律法に精通し、学者として指導的な立場に立って教えた。

b.祭司の立場から祭儀的改革を施し、人々の心を主に向けようとした。具体的にはダビデが目指した賛美礼拝のヴィジョンーソロモンの神殿礼拝―に焦点を当てた。エズラの改革によって大祭司が頂点に立ち 注5、礼拝が規則正しく執行されるようになった。

c.律法の意味を研究し、それを人々に教えるために、シナゴーグ礼拝が組織された。それにともない律法を教える学者たちが台頭する。

d.彼は人々に異教徒との混交をきびしく禁じただけでなく解消させた。以前にゼルバベルに率いられて帰っていったユダヤ人男性の多くが契約外の結婚をし、自らを汚していたからである。この中には指導的立場の者も含まれていた。注6
エズラは彼らの不信のために悲しみをもって祈り、彼らに異国の妻子との絶縁することを誓わせた。9章1節~10章17節参照。

e.律法の朗読を公の礼拝の中に取り入れた。また、旧約聖書の正典を結集させて個人的にも聖書を読めるようにした。

  • エズラはこのように律法を中心として民の意識改革を断行していった。ここから神の民イスラエルはユダヤ人と呼ばれ、ユダヤ教が始まったとされている。

注3
●バビロン帝国では帝王は自分のやりたいことを何でもできた。しかし、ペルシャ帝国はバビロン帝国とは違い、ひとたび制定された法律は変えることはできなかった。

注4
●後になって、ヘロデ王はこのゼルバベルの神殿を壊して、もっとも大きく美しい神殿を建てた。福音書で神殿についてのべられるときは、ヘロデ王の造った神殿のことである。しかし律法学者たちは捕囚後に再建された神殿とヘロデ王の造った神殿を同一視して、それを第二神殿と呼んだのである。

注5
●後にエズラは大会堂と呼ばれる議長となる。これは120人によって構成された組織であって、後に3世紀になってからこの組織はサンヘドリン(最高議会)が引き継ぐことになる。サンヘドリンは70人の議員によって構成されるが、その議長は大祭司である。その構成員は、祭司たち、パリサイ主義者たち、長老たちとである。このように大祭司は宗教的な役割だけでなく、政治的な役割をも兼ね備えることとなった。しかしこのサンヘドリンも、A.D.70年にエルサレムとともに崩壊することになる。

注6
●異邦の女と結婚することは律法によって禁じられていた。出エジプト記34章15~16節。申命記7章3節参照。異邦人との雑婚が禁じられた理由は、それによって偶像礼拝をもたらすからである。


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