****** キリスト教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

食べる

聖餐のための瞑想(2) 「 食べる」

ベレーシート

  • 「聖餐」のための瞑想(2)は、「肉を食べ、血を飲む」ことです。「食べる」ことと「飲む」ことは「信じる」ことを意味します。つまり、イェシュアの「肉を食べ、血を飲む」ことは、イェシュアを信じて、イェシュアによって生かされることを意味し、イェシュアのもっているいのちを互いに共有することを意味します。
  • ところでこの「肉を食べ、血を飲む」という表現は、多くの群衆や弟子たちをつまずかせる結果となってしまいました。この世の御利益的なものを求めていた人々はこの話につまずいたのです。この話ほど神の世界において重要な話は他にはありません。イェシュアの肉であるパンを食べ、イェシュアの流された血であるぶとう酒を飲むことが「聖餐」であり、そこにイェシュアが「人の子」となってこの世に来られたことが集約されているのです。「聖餐」に与ることは、この世の人の知恵によっては理解されることのない、いわば神の奥義として隠された神の知恵なのです。

【新改訳改訂3】ヨハネの福音書6章53節
イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。」


●「人の子」であるイェシュアが繰り返して語っていることは、「わたしの肉を食べ、その血を飲む」ことです。このフレーズ(54節、55節、そして56節にも)が繰り返されています。

●「食べる」を意味するギリシア語には二つの語彙があります。一つは53節の「エスシオー」(ἐσθίω)、もう一つは「トローゴー」(τρώγω)で「音を立てながら噛んで食べること」を意味します。イェシュアを食べている者(単数)のことを「ホ・トローゴーン」(ὁ τρώγων)と表現しています。他方、「飲む」は「ピノー」(πίνω)。


1. 終末的食卓用語の中に込められた神の秘密

  • 今回の「セレブレイト・スッコート」の中の第二日目に「ヘブル・ミドゥラーシュ」を行ないました。そのテーマは「生ける水の川」でした。聖霊の助けを求めながら、聖書をヘブル的視点から読み直すということに取り組んでみました。聖書における「水」が指し示している「概念」について、これまで以上に深く瞑想を試みました。そうした中で今回は、新しい試みとして、キリスト教会が大切にしてきた「聖餐」を、新しい角度から理解しようと、聖餐について語っているテキストから瞑想する語彙を毎日一つずつ選び出して、その語彙の瞑想をして、それから「聖餐」に与ることをしています。今日はその第二回目です。
  • 不思議なことですが、このテキストの中にある「聖餐用語としての語彙」の中に、以下のように実に多くのヘブル文字「メーム」(מ)が入った語彙があることに気づかされました。これは訳語やギリシア語では見えてきません。ヘブル語に戻して見なければ決して見えないのです。

(1)「人の子」・・・・・「ベン・アーダーム」(בֶן־אָדָם)
(2)「言われた」・・・・「アーマル」(אָמַר)
(3)「肉なる『パン』」・「レヘム」(לֶחֶם)
(4)「血」・・・・・・・「ダーム」(דָּם)
(5)「まことの」・・・・「エメット」(אֱמֶת)
(6)「いのち」・・・・・「ハッイーム」(חַיִּים)
(7)「永遠のいのち」・・「ハッイェー・オーラーム」(חַיֵּי עוֹלָמ)
(8)「まことに」・・・・「アーメーン」(אָמֵן)


2. 聖書の「水」の概念は「真理」と同義

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  • 今回の「ヘブル・ミドゥラーシュ」のテーマ「生ける水の川」で発見した重要な点は、「水」が「真理」と同義語であるということです。ちなみに、「水」はヘブル語で「マイム」(מַיִם)であり、「真理」はヘブル語で「エメット」(אֱמֶת)です。
    画像の説明
    いずれも、双方に「メーム」(מ)の文字が入っています。「マイム」は、「神の手」を意味する「ヨード」(י)の両サイドに「水」を表わす「メーム」(מ)があります。それは「天にある水」と「地にある水」を示唆しているようにも見えます。一方の「エメット」は、「アーレフ」(א)と「ターヴ」(ת)の間に「水」である「メーム」(מ)の文字が入っています。「水」は聖書においては、天地創造の時から存在しており、かつ新しい天と新しい地においても存在していることで、永遠に変わることのない不変性、普遍性、絶対性を意味しています。つまりそれは「真理」の概念そのものです。あるいは、「エメット」の文字から、「わたしはアーレフであり、ターヴである」(ギリシア語では「わたしはアルファーであり、オメガである」)方が、「永遠のいのちに至る生ける水」を持っていることを指し示しているようでもあります。

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3. 「食べる」ことに関する語彙と「メーム」の秘密

  • ここで、聖書に中にある「食べる」ことに関する聖句を見ていくと、驚くべきことに、「メーム」(מ)の文字の入った語彙を多く見出します。

(1) 【新改訳改訂3】創世記 2章16節
神である【主】は人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。」
●「思いのまま食べてよい」とされたエデンの園は、「水が豊かにある」という意味と「美味しいもの、贅沢なものが豊かにある」という意味があります。


(2) 【新改訳改訂第3版】詩篇16篇11節
あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。
あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。
●「いのち」は「ハッイーム」(חַיִּים)
●「喜びが満ち」の「喜び」は「シムハー」(שִׁמְחָה)。
「満ち」は「マーレー」(מָלֵא)
●「あなたの右」の「右」は「ヤーミーン」(יָמִין)


(3) 【新改訳改訂3】詩篇 34篇8節
【主】のすばらしさを味わい、これを見つめよ。
●「味わう」は「ターアム」(טָעַם)。主のすばらしさを理解しなければならない。


(4) 【新改訳改訂3】詩篇 107篇9 節
まことに主は渇いたたましいを満ち足らせ、飢えたたましいを良いもので満たされた。
●「満たす、満ちたらせる」(「マーレー」מָלֵא)
●使徒の働き2章4節の「聖霊に満たされ」の「満たされ」と、13節の「甘いぶどう酒に酔っている」の「酔っている」は、いずれも「マーレー」(מָלֵא)。御霊に満たされるとは、御霊に酔うことでもあるのです。


(5) 【新改訳改訂3】詩篇 119篇103節
あなたのみことばは、私の上あごに、なんと甘いことでしょう。蜜よりも私の口に甘いのです。
●「みことば」は「イムラー」(אִמְרָה)
●「何と」(「マー」מָה)
●「甘い」(「マーラツ」מָלַץ)・・心地よいこと


(6) 【新改訳改訂3】エゼキエル書 3章3 節
そして仰せられた。「人の子よ。わたしがあなたに与えるこの巻き物で腹ごしらえをし、あなたの腹を満たせ。」そこで、私はそれを食べた。すると、それは私の口の中で蜜のように甘かった。
●「人の子」(「ベン・アーダーム」בֶּן־אָדָם)
●「腹」(「メーアイム」מֵעַיִם)
●「甘い」(「マートーク」מָתוֹק)


(7) 【新改訳改訂3】ヨハネの福音書6章53節
人の子の肉を食べ、またその「血」を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。
●「血」は「ダーム」(דָּם)


※(1)~(7)に見た聖句にある食卓用語に見られる語彙の中に「メーム」という文字が多くあるのは、偶然なのか、それともそこに神の秘密が隠されているのか、興味深いものがあります。


2017.10.3


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