****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

音楽を取り入れた新しい礼拝スタイル

歴史書(2)」の目次

C. ダビデの幕屋礼拝における特徴

C-1. ダビデの幕屋における賛美の特徴

<はじめに>・・ダビデの音楽奪還戦略

  • イスラエルの歴史の中で、音楽を伴う賛美を全盛期に至らせたのはダビデである。ダビデがイスラエル統一王国の王となってから、最初にしたことは、イスラエルが唯一の礼拝の民として確立させるために、サタンから「音楽奪還作戦」を開始したことである。音楽はそれまで戦いのために、あるいは戦勝の祝い(勝利の凱旋)のために用いられた。しかしダビデは、神を礼拝するために、初めて音楽(歌、および様々な楽器)を用いたのである。

①〔音楽の聖書的起源〕
ヨブ記38章4~7節参照。
a. 神の創造を見た天使たち、明けの星々は神の「創造のみわざ」を賛美している。この主題はヨハネの黙示録の天上における礼拝においても顕著である。黙示録4章。
b. 音楽は天使のみならず人間にも与えられた。創世記4章20~22節には、文明形成のための基礎的な三つの仕事が記されている。第一に、家畜を飼う仕事。第二に、文明の利器を作る鍛冶屋。そして第三に、楽器を奏する音楽家が登場している。

②〔天上の賛美指導者ルシファーの堕落〕

  • エゼキエル28章12~17節、イザヤ14章12~15節。
    a. 音楽の本来の目的は、神をほめたたえるためにあった。しかし天上の賛美指導者であったルシファーが高ぶったことにより、音楽は本来の目的から逸脱してしまった。
    b. 本来、神の栄光を現わすために作られた音楽は、人間を賞賛するために用いられるようになった。偶像礼拝、祭りには音楽はつきものである。

③〔音楽の持つ効用〕

a. 音楽そのものが持っている力の大きさは計り知れない。国家、
軍歌、イージー・リスニング(ストレス解消のための情緒安定のための)、音楽療法(Ⅰサムエル16章23節参照) 脚注1
b. サタンは音楽の持つ力をよく知っており、それを悪用する。
特に、ハード・ロックの危険性について(参考書 ピーター・ルシェン・ベラント著「WHAT’S WRONG IN ROCK AND ROLL?」(1992,邦訳「ロックンロールの何が良くないのか」)

  • この本には、ハード・ロックのテーマやメッセージが絶望、セックス、暴力、悪魔礼拝、オカルト崇拝であり、その結果、ドラッグやアルコールの乱用と結びついて、多くの若者たちを自殺へと導いていることを警鐘している。自殺でこの世を去ったロックスターたちの名前が羅列されている。

④〔主をたたえるための楽器の製作〕

a. 詩篇150篇を見ると、角笛、十弦の琴、立琴、緒琴、笛、青銅のシンバル、ラッパなどの楽器で神をほめたたえるべきことを命じている。これは現代の楽器でいえば、弦楽器、木管楽器、打楽器である。
b. 教会史を見ると、初代教会時代もカトリック時代も、礼拝において楽器は用いられず、長い間声楽中心であった。プロテスタント教会はオルガンのみを神を賛美する楽器として認め、その他の楽器はサタンに属するものと考えられてきた。しかし今、教会はダビデが目指した礼拝、特に、詩篇に目を留めるようになり、文字通り、あらゆる楽器を通して賛美するようになってきている。

(1) 喜びにあふれた賛美

  • Ⅰ歴代誌15章16節 「ここに、ダビデはレビ人のつかさたちに、彼らの同族の者たちを十弦の琴、立琴、シンバルなどの楽器を使う歌うたいとして立て、喜びの声を上げて歌わせるよう命じた。」
  • 15章25節「こうして、ダビデとイスラエルの長老たち、千人隊の長たちは行って、喜びをもって主の契約の箱をオベデ・エドムの家から運び上ろうとした。」
  • 15章28節「全イスラエルは、歓声をあげ、角笛、ラッパ、シンバルを鳴らし、十弦の琴と立琴とを響かせて、主の契約の箱を運び上った。」
  • 15章29節「こうして、主の契約の箱はダビデの町にはいった。サウルの娘ミカルは、窓から見おろし、ダビデ王がとびはねて喜び踊っているのを見て、心の中で彼をさげすんだ。」

① ダビデの幕屋の礼拝の基調は爆発的な喜びである。
② 詩篇には「神に向かって喜び叫べ」と7回も命じられている。
⇒66篇1節、81篇1節、95篇1~2節、98篇4, 6節、100篇1節。
③ モーセの幕屋ではきわめて静粛な礼拝であったが、ダビデの幕屋では長い間、神の臨在と力を待ち望んでいた人々が大声で神をたたえて礼拝するようになった。

(2) 終わることのない、継続的な賛美 (24時間賛美)

  • Ⅰ歴代誌16章6節「祭司ベナヤとヤハジエルは、ラッパを携え、常に神の契約の前にいた。」
  • 同上 16章37節「彼は、その場所、すなわち、主の契約の箱の前に、アサフとその兄弟たちをとどめておき、毎日の日課として、常に箱の前で仕えさせた。」

① シオンに運び上げられた神の箱は、ダビデの幕屋の中心に置かれたが、ダビデは途切れることなく賛美がささげられるように計画を立てた。

② 詩篇には、昼も夜も、絶えず(24時間)の賛美がささげられていたことを記している。詩篇35篇28節、134篇1~3節参照。

③ 新約時代においても、イエスの弟子たちは「いつも宮にいて、神をほめたたえていた。」(ルカ24章53節)。また「それゆえ、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。」(へブル書13章15節)と勧められている。

(3) 様々な楽器と熟練した者たちによる賛美

  • Ⅰ 歴代誌15章17~28節参照。そこには当時の賛美の様子をうかがわせる情報がある。

① 17節には、賛美リーダーのリストが載っている。ヘマン、アサフ、エタンの三人。
② 18節には「第二の部類」に属する人々のリストが載っている。
③ 19節には、三人の賛美リーダーが歌うだけでなく、青銅のシンバルを持って歌ったことが記されている。
④ 20節には「十弦の琴」を奏でる者たちのリストが記されている。これらの楽器は「アラモテ」と合わせられた。「アラモテ」とはソプラノのような高音域の楽器を意味する。
⑤ 21節には「八弦の琴」を奏でる人々のリストが載っている。この楽器は「アラモテ」と比べて逆にオクターヴ低い。
⑥ 24節には「ラッパを吹き鳴らす祭司たち」のリストが載っている。ラッパは祭司のみが吹くことができた。
⑦ Ⅰ 歴代誌25章7節には「主にささげる歌の訓練を受けた・・彼らはみな達人だった。」とある。ダビデは賛美を担う者たちに、熟練した力(霊的な能力、奏楽の技能)を要求している。

(4) 一致した賛美

  • 大勢の人々、また多くの楽器が用いられれば、それだけ一致が要求される。そのため賛美する者たちは心と声を一つにする訓練が求められた。Ⅱ歴代誌5章13節。そのような一致した奉仕の結果、神の宮が栄光で満たされた。

(5) 多様な表現方法による賛美

① 大声で叫ぶ(詩篇66篇1節)
② 喜びをもって賛美する(詩篇95篇1~2節)
③ 手をたたく(詩篇47篇1節)
④ 手を上げる(詩篇63篇4節、134篇2節、141篇2節)
⑤ 種々の楽器を使う(150篇3~5節)
⑥ 踊りながら(詩篇30篇11節、149篇3節、150篇4節)
⑦ 頭をたれ、ひざまずいて(詩篇95篇6節)

  • このように、ダビデはただ一つの表現だけではなく、あらゆる可能性をもって表現する礼拝を取り入れたのである。

脚注

「癒しとしてのグレゴリオ聖歌」(キャサリン・ル・メ著、1995年)に次のようなことが掲載されている。

『1960年代の初期、第二ヴァチカン公会議で、日々の礼拝でグレゴリオ聖歌の歌唱を続行すべきかどうか、もっと実質的な活動を優先させ、聖歌を聖務日課からはずすかどうかが検討され、はずすことで決着がついた。ところがほどなくして修道院に変化が起き始めた。それまで一日3~4時間の睡眠時間でも元気に生活していた修道士たちが、非常に疲れ、病気にかかりやすくなった。修道院長は睡眠時間を増やし、700年間続いてきた菜食の掟を破って肉とジャガイモを中心に食事を変えてみたが、望ましい結果は見られなかった。』 真の原因は修道士が聖歌を歌わなくなったことにあった。実は聖歌を歌うことの中に実に不思議な効用が秘められていたのである。


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