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隠れることのできない「山の上の町」

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17. 隠れることのできない「山の上にある町」

ベレーシート

  • 三つ目のタブレットは、「隠れることのできない『山の上にある町』」です。この町は「エルサレム」のことを指し示していることは明白です。なぜ「隠れることができない」のかと言えば、そこは神のご計画が完全に完成される場所だからです。

画像の説明


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1. 隠れることのできない「山の上の町」とは「エルサレム」

  • 聖書において、冠詞付の「山」(「ハーハール」הָהָר)の上に置かれた町(単数)と言えば、「エルサレム」(「イェルーシャーライム」יְרוּשָׁלַיִם)以外の町を考えることはできません。やがて「終わりの日」には、メシアはエルサレムに再臨し、そこを世界の中心として全地を治められます。そしてすべての諸国の民がメシアから主の教えを直接聞くためにエルサレムに集まって来ます。イェシュアが昇天した後に、イェシュアの弟子たちは聖霊に満たされて、この町から全世界に「天の御国の福音」が宣べ伝えていくことになります。しかしメシアの再臨時には、逆に全世界に散らされているすべてのイスラエルの民がエルサレムに集まって来ます。そのことが以下のように預言されています。

【新改訳改訂第3版】イザヤ書2章2~3節
2 終わりの日に、【主】の家の山は、山々の頂に堅く立ち、丘々よりもそびえ立ち、すべての国々がそこに流れて来る。
3 多くの民が来て言う。「さあ、【主】の山、ヤコブの神の家に上ろう。主はご自分の道を、私たちに教えてくださる。私たちはその小道を歩もう。」それは、シオンからみおしえが出、エルサレムから【主】のことばが出るからだ。


  • このようにエルサレム(「シオン」はエルサレムの雅名)は、メシア王国(千年王国)においては、神のヴィジョンが完成される主の家の山として「山々の頂に堅く立ち、丘々よりもそびえ立ち」、そこにすべての諸国の民が流れるようにして集まって来ます。なぜなら、そこから主のみおしえが流れ出るからです。人々はそれを求めて「主の家の山」にやってくるのです。
  • そのときのエルサレムの町は「アドナイ・シャーンマー」(יהוה שָׁמָּה―「主はここにおられる」という意味)と呼ばれるようになります(エゼキエル48:35)。しかもその証拠に、エルサレム周辺には神の臨在のしるしである「シャハイナ・グローリー」が現われ、夜のない「一つの日」となります(ゼカリヤ14:7)。

2. 麗しさの窮みシオン(エルサレム)

  • 最後にもう一箇所、詩篇50篇には、エルサレム(シオン)について、以下のように預言されています。

【新改訳改訂第3版】詩篇50篇1~2節、5節
1  神の神、【主】は語り、地を呼び寄せられた。日の上る所から沈む所まで。
2  麗しさの窮み、シオンから、神は光を放たれた。
5 「わたしの聖徒たちをわたしのところに集めよ。いけにえにより、わたしの契約を結んだ者たちを。」


  • 特に、2節の「麗しさの窮み、シオンから、神は光を放たれた。」に注目しましょう。「麗しさ」と訳されたヘブル語は「ヨーフィ」(יֹפִי)で、まさに「美」「美しさ」を意味します。その「窮み」と訳されたヘブル語は「ミフラル」(מִכְלַל)で、この詩篇50篇2節にのみ使用されている最上級の語彙です。それだけに重要です。神にとってエルサレム(シオン)はまさに「美の窮み」であり、神のヴィジョンが完成されるところです。それゆえに、神はいろいろな時代に、この場所が神のご計画においてきわめて重要な場所であることを啓示して来られました。むしろ、神のヴィジョンは常にエルサレムをめぐって展開しているのです。永遠の都エルサレムへのヴィジョンは、エデンの園(創世記)から永遠の都エルサレム(黙示録)に至るまで、多くの時の流れを経てますます明らかとなって行きます。それゆえ、「山の上にある町であるエルサレム」は隠れることができないのです。新約の時代においては、その啓示の担い手となるのは、「あなたがたは、世界の光」とされたイェシュアの弟子たちなのです。
  • 詩篇132篇13節に「【主】はシオンを選び、それをご自分の住みかとして望まれた。」(新改訳改訂第3版)とあります。この節にある「望まれた」と訳された動詞は「アーヴァー」(אָוָה)ですが、この動詞は、詩篇50篇にある「窮み」と訳された「ミフラル」(מִכְלַל)とともに、ゲマトリア(ヘブル語の文字を数値に置き換えたもの)がいずれも完全さを表わす12、およびそれに高揚数(拡張数)である10を掛けるならば、120となります。

① 「アーヴァー」(אָוָה)のゲマトリア・・・・・1+6+5=12
② 「ミフラル」(מִכְלַל)のゲマトリア・・40+20+30+30=120

  • 「麗しさの窮み、シオン」は、まさに神がご自分の住みかとして「望まれた」、いわば最高に完璧な場所です。どうしてその場所を隠す必要があるでしょうか。隠れることなどできません。そこは神のご計画の中心地、ヴィジョンが完成される場所だからです。むしろそれをいつの時代においても明るみに出さなければなりません。
  • 「光」の子どもである主にある私たちは、神のご計画のヴィジョンがエルサレムにおいて完成することを、そしてまた、そこを中心とした「天の御国」がいかにすばらしいものであるかを告げ知らせる者とならなければならないのです。その意味において、「あなたがたは、世界の光」だとイェシュアは語っているのです。なんと光栄ある務めでしょうか。「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれる」とあるように、「御国の福音」のすばらしさは求めなければ開かれることはないのです。それゆえ「御国の奥義」を継続的に、かつ真剣に尋ね求めることでそのすばらしさを告げ知らせることのできる者となりたいと思います。そのために、聖書と聖霊の助けによって、日々整えられていきたいと願います。これこそ神の目に、「良い行い」となるのですから。

2017.4.1


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