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見よ、イスラエルを守る方は

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22. 見よ、イスラエルを守る方は

【聖書箇所】 詩篇121篇4節

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【読み】
「ヒンネー、ロー・ヤーヌーム ヴェロー イーシャーン ショーメール イスラーエール」

【文法】
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【翻訳】

【新改訳改訂3】
見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。
【口語訳】
見よ、イスラエルを守る者は/まどろむこともなく、眠ることもない。
【新共同訳】
見よ、イスラエルを見守る方は/まどろむことなく、眠ることもない。
【NKJV】
Behold, He who keeps Israel Shall neither slumber nor sleep.

【瞑想】

この詩篇121篇の最初の問いかけは「私の助けはどこから来るのか」です。詩篇の作者は自分自身が大いなる守りと安全を必要としていることを感じながら、「その助けはどこから来るのだろうか」と思案しています。安全の保障、防衛の保障は、生存の保障と並んで、私たち人間の基本的なニーズです。私たちの人生の営みのほとんどは、この必要のために生きているといっても過言ではありません。

詩篇121篇の作者は自問自答して「私の助けは天と地を造られた主から来る」と結論づけています。この確信に導かれるならば、これで完結と考えてよいと思うのですが、この詩篇では、さらに3節から「人称なき存在」がその確信をサポートしているのです。つまり、「天地をつくりたまえる主」、つまり創造者である神がどのようなお方かをより深く知ることができるように以下のようにサポートしているのです。

(1)主はまどろむことなく、眠ることもない(4節)
(2)主はあなたを守る方、主は、あたなの右の手をおおう陰(5節)
(3)主はすべてのわざわいからあなたを守り、あなたのいのちを守られる(7節)
(4)主はあなたを行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも守られる(8節)

今回は4節のフレーズを味わいたいと思います。
人称なき存在が「見よ」との声を上げて注意を引きつけているのは、「まどろまない、眠らない」という否定的表現による主の守りの確かさ、一貫性、継続性です。主の完全なセキュリティがあることを教えているだけでなく、かつて最初の人アダムが寝ている時に、彼に必要に最高の贈り物であるもう一人の人(女性)を作っておられました。そのようなお方の中に私たちは安心て生きることができることを教えています。ダビデも詩篇23篇1節でこう言いました。「主は私の羊飼い。わたしは乏しいことがない。」と。ここも否定的表現法による「ロー・エフサール」でした。

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【付記】
「見よ、イスラエルを守る方は」⇒楽譜

2013. 3.8


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