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苦難に対するエリファズの神学(1)

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5. 苦難に対するエリファズの神学(1)

【聖書箇所】4章1節~5章26節

ベレーシート

  • タイトルを「苦難に対するエリファズの神学(1) 」としたのは、15章にも、そして22章にもエリファズの神学による主張が展開されているからです。ヨブ記の4章と5章に語られる第一回目のエリファズの弁論は、彼の苦難の神学が明確に提示されています。
  • また、3章でのヨブの口から出た独白(つまり、なぜ自分は生まれてすぐに死ななかったのか。なぜ神は自分を生かしておられるのかという問いかけ)は、いわば、これから展開される友人との対話の中で、彼らの「苦難の神学」が披瀝される動因的位置づけとなっています。
  • まずは、おそらくヨブの友人の中でも長老格の人物と思われます。その彼の弁論に注目したいと思います。

1. 「苦難」の理解についての「究めつけ」

  • 4~5章で語られているエリファズ(原語では「エリーファズ」אֱלִיפַז)の最後の言葉、5章27節のみことばを見てみると次のように記されています。

    【新改訳改訂第3版】
    さあ、私たちが調べ上げたことはこのとおりだ。
    これを聞き、あなた自身でこれを知れ。
    【口語訳】
    見よ、われわれの尋ねきわめた所はこのとおりだ。
    あなたはこれを聞いて、みずから知るがよい。
    【新共同訳】
    見よ、これが我らの究めたところ。これこそ確かだ。
    よく聞いて、悟るがよい。

  • 「さあ」「見よ」と訳されている「ヒンネー」(הִנֵּה)は注意を喚起させる言葉です。ここはエリファズの結びの部分です。太字の部分には「ハーカル」(חָקַר)という動詞が使われています。旧約では27回しか使われていませんが、「捜す、調べる、徹底的に調べて見つけ出す、捜し出す」という意味があり、エリファズは自分自身が神に尋ね求めて(5:8の「ダーラシュ」דָּרַשׁ)得た答えだけでなく、「私たちが」と述べていることから、おそらく、三人の友人の共通見解とも言えますし、他の多くの者たちを含めた総合的見解とも言えます。つまり、苦難についての「きわめつけ」的見解だとエリファズは自信をもって語ったのです。それゆえに、ヨブはこのことをよく聞いて、よく悟るようにと諭しているのです。
  • 余談ですが、長老格のエリファズがヨブを諭すように語っている姿から、おそらくこの時のヨブは私たちが想像するほど老いてはいなかったと思われます。むしろ、壮年ではなかったかと思います。ヨブ記42章16節には、ヨブが140歳まで生きていたことが記されています。つまり、彼がいやされて後、「自分の子と、その子の子たちを四代目まで見た」とありますから。
  • エリファズが苦難についての究めつきの見解とは何でしょうか。二つの事が取り上げられています。ひとつは「因果応報」的苦難の理解です。もうひとつは「神の愛に基づく教育的訓練的苦難」の理解です。

2. 「因果応報」的苦難の理解

  • 「結果には必ずそれに至った原因がある」という考え方は真理です。今日の自己啓発といわれるセミナーでは、現在の自分の姿をもたらした原因を究明し、それを修正改善することによって、別の結果(多くは幸福、繁栄)をもたらそうとしています。「原因があって結果がある」という見解は、聖書の真理でもあります。例えば、「ひとりの人(アダム)によって罪が世界に入り、罪によって死が入り、こうして死が全人類に広がった」(ローマ5:12)という言及も「原因と結果の法則」です。それゆえ、その解決策として、神は最後のアダム(イェシュア)の従順によって人々にいのちを与えるという神のご計画にも同じ法則が存在します。
  • エリファズは、ヨブ記4章7~8節で次のように述べています。

    【新改訳改訂第3版】
    7 さあ思い出せ。だれか罪がないのに滅びた者があるか。どこに正しい人で絶たれた者があるか。
    8 私の見るところでは、不幸を耕し、害毒を蒔く者が、それを刈り取るのだ。

    【中澤洽樹訳】
    7 考えてもみよ、罪なき者が亡び、正直者が哀れな最期をとげた例(ためし)があるか。
    8 思うに、邪しまを耕し、悩みを蒔く者は、蒔いた結果を刈り取らなければならぬ。

  • まず、ここには因果応報の法則が述べられています。伝統的・一般的な応報思想です。ヨブ記5章6~7節も、同様に「苦難」の原因がヨブ自身の中にあることを示唆することばです。

    【新改訳改訂第3版】ヨブ記5章6~7節
    6 なぜなら、不幸はちりから出て来ず、
    苦しみは土から芽を出さないからだ。
    7 人は生まれると苦しみに会う。火花が上に飛ぶように。


3. 「神の愛に基づく教育的訓練的苦難」の理解

【新改訳改訂第3版】ヨブ記5章17~18節
17 ああ、幸いなことよ。神に責められるその人は。
だから全能者の懲らしめをないがしろにしてはならない。
18 神は傷つけるが、それを包み、
打ち砕くが、その手でいやしてくださるからだ。

  • ここには、苦難に対するもうひとつの考え方があります。それは神の父性的な訓練としての苦しみですが、因果応報説とも関連しています。というのは、ヨブの側に神の懲らしめ(訓練)を受けるべき何らかの罪があることを前提としているからです。矯正的な懲らしめをないがしろにしてはならない。その背後には霊的な父の愛があるからだということです。このような見解は、旧約、新約を通して存在します。イスラエルの民が経験した40年間の荒野の放浪生活、70年間のバビロンへの捕囚の経験がその例です。詩篇119篇に、「苦しみに会う前には、私はあやまちを犯しました。しかし今は、あなたのことばを守ります。苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」(67節、71節)とありますが、ここに記されている苦しみこそ、神の父性的な愛の訓練の良い例です。新約では、ヘブル人への手紙12章5~12節に、愛する子に対する父の訓練としての「懲らしめ」、「むち」があることを教えています。苦しみには意味と目的があるのです。
  • 「全能者の懲らしめ」(「ムーサール・シャッダイ」מוּסָר שַׁדַי)とは「傷つけるが、それを包み、打ち砕くが、その手でいやしてくださる。」という愛であり、それを信仰をもって受け止めるように聖書のいろいろな箇所で語られています。申命記32:39、Ⅰサムエル2:6~7、ホセア書6:1 ・・etc.参照。
  • ちなみに、「ムーサール」の動詞は「さとす、懲らしめる、矯正する」という意味の「ヤーサル」(יָסַר)、そして「離れる」という意味の「スール」(סוּר)とは親類関係の動詞です。つまり、訓練や懲らしめは神の愛から離れてしまう危機ともなりうるということです。
  • 使徒パウロがローマ人への手紙5章の中で述べていることも、神の教育的訓練としての苦しみです。

    【新改訳改訂第3版】ロマ5章2~5節
    2 またキリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。
    3 そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、4 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
    5 この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。

  • 使徒パウロは他の使徒以上に多くの奥義を啓示された人であり、第三の天にまで引き上げられた特別な経験をもった人物です。しかし彼には「肉体のとげ」と言われるものがありました。彼はそれを取りさられるように神に祈りましたが、その祈りは聞かれませんでした。なぜなら、そのとげはパウロが高ぶらないようにという意味があったからです。私たちは苦しみの原因や目的を知ることで、その苦しみがかなりの程度、軽減されることが多くあるのです。

4. エリファズの苦難に対する見解をないがしろにしてはならない

  • それゆえ、私たちはヨブに対して語られたエリファズの言葉を軽く考え、それをないがしろにしてはならないのです。なぜなら、私たちの多くの悩みは「なぜ、苦難が起こるのか」という解決の光を求めているからです。伝統的な因果応報の考え方も、神の愛に基づく教育的訓練の考え方も、明らかに聖書が教えている真理です。このことをしっかり学ばなれば、私たちは苦難に対して勝利することができません。苦難の原因と目的を聖書を通して学ぶことで、現実が変わらずとも、多くの苦しみから軽減することができるからです。
  • しかし、ヨブの場合、そうした一筋縄の見解では解決できない問題をはらんでいるのです。二筋縄、三筋縄の世界が展開されていることを念頭に置く必要があります。

最後に

  • 因果応報の考え方とは別に、もうひとつ重要なことがあります。それは、4章8節でエリファズが「私の見るところでは」と言っていることです。個人の経験を普遍的な考え方の根拠とすることは、しばしば多くの者が陥りやすい過ちです。自分の経験としては真実なことであったとしても、それがそのまますべての人に当てはまるとは限りません。自分の経験を基準にして他人のことを量ることは誤りであり、決して、してはならないことなのです。唯一の真の基準は神のみことばの真理であり、権威です。

2014.5.13


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