****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

腰を据えて

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No.1 「腰を据えて」

【聖書箇所】

【新改訳改訂第3版】使徒の働き 18章11節
そこでパウロは、一年半ここに腰を据えて、彼らの間で神のことばを教え続けた。


Greek; καθίζω「カスィゾー」、46回。

Hebrew; 「ヤーシャヴ」(יָשַׁב) 「住む」「とどまる」 dwell.
詩篇 27:4/65:8/84:4/91:1/98:7/132:14/140:13・・参照。

  • ギリシア語の「カスィゾー」(καθίζω)は、本来は「座る、とどまる」という意味。そこから「腰を据える」という意味で、ある特定の場所で、落ち着いてじっくりと物事に取り組むことを意味します。特に神のことばに携わる者の専心性が求められます。ルカの福音書14章28節に「塔を築こうとするとき、まずすわって(καθίζω)、完成に十分な金があるかどうか、その費用を計算しない者が、あなたがたのうちにひとりでもあるでしょうか。・・」というイェシュアのことばがあります。ここでの「すわる」とは、思案するために他のすべてを投げ出してすわる」という意味があります。
  • 類義語であるギリシア語の「とどまる」(「メノー」μένω)は、きわめて深い関係性を表わす語彙です。主にとどまり、主のことばにとどまり、主の愛の中にとどまるなら、多くの実を結びます(ヨハネ15章)。「とどまる」の「メノー」(μένω)は、英語では、abide, remain, dwell, continueです。旧約聖書でこの関係性を表わしている箇所を挙げるとすれば、詩篇15篇1節と詩篇91篇1節です。いずれも、同義的パラレリズムで記されています。

(1) 【新改訳改訂第3版】詩篇15篇1節
【主】よ。だれが、あなたの幕屋に宿る(「グール」גּוּר)のでしょうか。
だれが、あなたの聖なる山に住む(「シャーハン」שָׁכַן)のでしょうか。
(2) 【新改訳改訂第3版】詩篇91篇1節
いと高き方の隠れ場に住む(「ヤーシャヴ」יָשַׁב)者は、全能者の陰に宿る(「リーン」לִין)。

  • 順に、「宿る」(「グール」גּוּר)、「住む」(「シャーハン」שָׁכַן)、「住む」(「ヤーシャヴ」יָשַׁב)、「宿る」(「リーン」לִין)。これらはみな同義語と見なすことができます。そしてこれらヘブル語の語彙がギリシア語の「メノー」(μένω)の中に含まれていると言えます。パウロがコリントで神のことばを教える務めに専念するために、「腰を据えた」ことも同様の意味合いがあります。
  • 神との交わりのきわめて深い関係性と神のことばの務めの専心性とを表わす語彙として、心に留めたいと思います。そのためには、ダビデのように「一つのこと」(One thing)、つまり「主の家に住み、主を思う」ことを主に願い求め続けなければなりません。このダビデの霊性を身に着けるなら、たとい年老いてシフト・ダウン(減速)を余儀なくされ、孤独になったとしても、人生はより豊かに、成熟した日々となるに違いありません。これが「内なる人、日々新たに」の真意です。

2017.10.16


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