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純金の燭台

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10. 純金の燭台

【聖書箇所】出エジプト記25章31~40節、37章17~24節
民数記8章1~4節

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ベレーシート

メノーラー(1) - コピー.JPG
  • シリーズ「神の御住まい」についての第九回目の学びです。前回は、幕屋における「聖所」(「ミクダーシュ」מִקְדָּש)の三つの器具の中から、北側に置かれている「供えのパンの机」について取り上げました。今回はその向かい側(南側)に置かれている「純金の燭台」(「メノーラー」מְנוֹרָה)について取り上げます。
  • 「燭台」についての聖書の記述を読んでみましょう。

【新改訳改訂第3版】出エジプト記25章31~40節
31 また、純金の燭台を作る。その燭台は槌で打って作らなければならない。それには、台座と支柱と、がくと節と花弁がなければならない。
32 六つの枝をそのわきから、すなわち燭台の三つの枝を一方のわきから、燭台の他の三つの枝を他のわきから出す。
33 一方の枝に、アーモンドの花の形をした節と花弁のある三つのがくを、また、他方の枝にも、アーモンドの花の形をした節と花弁のある三つのがくをつける。燭台から出る六つの枝をみな、そのようにする。
34 燭台の支柱には、アーモンドの花の形をした節と花弁のある四つのがくをつける。
35 それから出る一対の枝の下に一つの節、それから出る次の一対の枝の下に一つの節、それから出るその次の一対の枝の下に一つの節。このように六つの枝が燭台から出ていることになる。
36 それらの節と枝とは燭台と一体にし、その全体は一つの純金を打って作らなければならない。
37 それにともしび皿を七つ作る。ともしび皿を上げて、その前方を照らすようにする。
38 その心切りばさみも心取り皿も純金である。
39 純金一タラントで燭台とこれらのすべての用具を作らなければならない。
40 よく注意して、あなたが山で示される型どおりに作れ。

  • 他にも、出エジプト記37章17~24節、40章3, 4, 24節、および民数記8章1~4節にも「燭台」についての記述があります。

1. 「燭台」(メノーラー)の概要

  • 「燭台」と訳される「メノーラ」(מְנוֹרָה)は「ともしび」を意味する「ネール」(נֵר)と関連し、「燈火台」を意味します。

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(1) 形状

①「台座」(「ヤーレーフ」יָרֵךְ)
②「支柱」(「カーネ」קָנֶה)
③「がく」(「ガーヴィーア」גָּבִיעַ)
④「節」(「カフトール」כַּפְתֹּר)と
⑤「花弁」(「ペラハ」פֶּרַח)
⑥「六つの枝」(「シッシャー・カーニーム」שִׁשָּׁה קָנִים)
⑦「ともしび皿」(「ネール」נֵר)


(2) 材料

  • 「純金」で出来た「燭台」は、1タラントの純金で作られたものです。木は一切使われていません。タラントはヘブル人が用いた重量単位としては最大のもので、1タラントの重さは34.2㌔と言われますから、相当な重さであったことが分かります。

(3) 方法

ランプ.JPG
  • 驚くべきことは、すべて「槌で打って」作られたということです。鋳型にはめたり、部分ごとに作られた後で接合して作られたのではなく、金の板を「ミクシャー」(מִקְשָׁה)という「打ち出し細工」によって「継ぎ目なしに」作られました。これにはきわめて高度なスキルが求められたはずです。しかも寸法についての指示が一切ありません。槌だけで作るのは大変なことであったはずです。
  • 燭台は油が通るように内部が空洞であったとする解釈がありますが、それは疑問です。上部のアーモンドの花をかたどった「ともしび皿」の上に陶器製のランプを載せたか(岩波書店の絵のように)、あるいは、くぼんだ「ともしび皿」に直接、油を注いで用いたのかもしれません。蝋燭が発明されるのはギリシア・ローマ時代ですから、「燭台」ではなく、「ランプ台」と言った方が正確です。
燭台の付属品.JPG

(4) 付属品

  • 純金の燭台には二つの付属品があります。ひとつは「心(芯)切りばさみ」(「マルカーハ」מַלְקָח)でランプの燃え尽きた部分を切り取るための道具であり、もう一つは「心(芯)取り皿」(「マフター」מַחְתָּה)でその切り取った芯を入れるためのものです。いずれも純金製です。このことは出エジプト記37章23節に記されています。

(5) 配置の指示

【新改訳改訂第3版】民数記8章1~4節
1【主】はモーセに告げて仰せられた。
2「アロンに告げて言え。あなたがともしび皿を上げるときは、七つのともしび皿が燭台の前を照らすようにしなさい。」
3 アロンはそのようにした。【主】がモーセに命じられたとおりに、前に向けて燭台のともしび皿を、取りつけた。

  • 「ともしび皿を上げるときは、七つのともしび皿が燭台の前を照らすようにしなさい。」という指示は、祭司アロンに告げられました。「ともしび皿を上げるとき」と新改訳は訳していますが、口語訳では「ともし火をともす時」と訳しています。つまり、点火することを意味しています。その際、光が燭台の前を照らすようにしなさいというのが、神の指示でした。燭台(「メノーラー」מְּנוֹרָה)の前を照らすとは、聖所の中にあるパンを載せる「机」、「垂れ幕」、垂れ幕の前に置かれている「香壇」を照らすということです。したがってそのような位置に燭台が設置しなければなりません。
  • そもそもモーセの時代のメノーラーは祭司だけしか見ることはできなかったはずですから、だれにもその本当の形は分かりません。台座があり、その支柱に七つの枝があって、それぞれの一番上に「ともしび皿」があるという形状です。「ともしび皿」には純粋なオリーブ油と芯があって、そこに点火するようになっていました。出エジプト記27章20~21節によれば、上質の純粋なオリーブ油はイスラエルの民の自発的なささげものによるものでした。アロンとその子らは、夕方から朝まで、主の前にともしびを整える責任がありました。

2. 純金の燭台に象徴されているイェシュア

  • モーセの幕屋の聖所内にある三つの器具(パンの机、燭台、香壇)はすべて神の御子イェシュアを啓示していますが、ここでは「燭台」が意味していることは何かを探り求めたいと思いますが、順序として、燭台を構成している部分の中から「台座」と「アーモンドの木の模様」、そして「光」について順次取り上げます。

(1) 「台座」

  • 「メノーラー」には「台座」と言われる土台があり、そこから支柱が立てられて、左右に六つの枝が上に伸びています。「台座」と訳語は幕屋の柱を据える時の「台座」あれば、燭台の台座もあります。ただし、訳語は同じでも原語が異なっています。柱を支える「台座」の原語は「アドゥネー」(אֲדְנֵי)で普通複数形(「アダーニーム」אֲדָנִים)で使われます。しかし、燭台を支えている「台座」の原語は「ヤーレーフ」(יָרֵךְ)が使われています。辞書には「もも、太腿、腰」となっていますが、この語彙の真の意味は「男女の生殖器を表す隠語」だということです。ちなみに、幕屋でささげられる動物のいえにえにある「もも(肉)」の場合には「ショーク」(שׁוֹק)という別の語彙が使われています。
  • 「ヤーレーフ」(יָרֵךְ)が「生殖器」の隠喩として使われている例としては、アブラハムが自分の息子イサクのために嫁を捜してくるように頼んだ最年長のしもべであるエリエゼルに、「あなたの手を私のももの下にいれてくれ。」と頼みますが(創世記24:2)、この「ももの下」が「ヤーレーフ」(יָרֵךְ)なのです。このような例は、ヤコブ(イスラエル)がエジプトの宰相になっているヨセフに自分の埋葬を誓わせた箇所(創世記47:29)でも使われています。このように、自分の信頼する者に対して、自分の生殖器の上に手を置かして重要な誓いをさせる事をこの言葉は表しているようです。
  • 有名なペニエル経験を描いた創世記32章で、ある人がヤコブとの格闘の末にヤコブの「腰のつがい」を打ったとあります(32:25)。「腰のつがい」は「股の関節」のことですが、この「腰」とも「股」とも「腿」とも訳される原語が「ヤーレーフ」(יָרֵךְ)なのです。事実、この出来事の後にヤコブに子が与えられていないのは偶然ではありません。ちなみに、女性の場合の隠喩の例は民数記5章22節にあります。
  • このように、「燭台」の「台座」に「ヤーレーフ」という語彙が使われているところに深い意味が隠されているように思われます。燭台の全体の構造をよく観察すると分かるように、すべてが台座からはじまり。その台座から出ている支柱によって、左右に、そして上に向かって枝が伸びているのです。とするならば、「台座」と訳された「ヤーレーフ」には、なにかしら神の秘められた奥深い事柄と「光」とが密接な関係にあることを伺わせます。

(2) 「アーモンドの花の模様の入った支柱と枝」

燭台の節、花、がく.JPG
  • 支柱(幹)と左右の6本の枝にはアーモンドの花の形をした節と花弁のある三つのがくの模様が施されています。「アーモンド」は「あめんどう」のことです。なにゆえに、アーモンドの模様なのでしょうか。
  • 「アーモンド」の木は他の木に勝って1月に芽を吹きます。このことは、よみがえりの命の「初穂」であるキリストを象徴しています。また、「アーモンド」のヘブル語は「シャーケード」(שָׁקֵד)ですが、その語源である動詞の「シャーカド」(שָׁקַד)は「目覚めている」「眠らない」「期待している」「目を見張っている」「注意深くうかがっている」という意味があり、総じて、「主への期待」を意味しています。つまり「アーモンド」は、主のご計画、みこころ、御旨、目的が成就することを期待する預言的象徴なのです。「メノーラー」は今日、ユダヤ教(イスラエル)の希望の象徴ですが、主が再び来られること(再臨)を期待している花嫁なる教会にとっても同様に希望の象徴です。

(3) 「天からの光」の象徴

  • 聖所内は外部の自然の光が全く入りこまない場所です。「メノーラー」(燭台)の光だけが聖所にあるものを照らしているのです。したがって燭台の光がなければ、祭司たちは立ち入って奉仕することができず、供えられたパンの机も、香壇も、垂れ幕も意味をなしません。純金で造られた「燭台」の光は、天からの「光」(「オール」אוֹר)を象徴しています。それは人間の目には本来見ることのできない「光」を象徴しています。その光の写しと影が「燭台の光」なのです。
  • その「光」は、「わたしは世の光、いのちの光」と言われたイェシュアを啓示しています。ヨハネはイェシュアのことを「やみの中に輝く光」(1:5)、「すべての人を照らすまことの光」(1:9)、「世の光」(8:12/9:5)、「いのちの光」(8:12)と紹介しています。この「光」を理解して悟るためには、天からの光が必要です。天からの光を受けたパウロは初めて自分がやみの中にいることを悟ったのです。そしてキリストの使徒となったパウロは、この「光」を神のご計画、みこころ、御旨、目的と同義とみなしたのです。まさにパウロの言う「光の子ども」とは、このことを悟った者のことをいうのです。それゆえ詩篇の作者は、「私たちは、あなたの光のうちに光を見る」(36篇9節)と宣べています。
  • 幕屋建造の目的は神が民と共に住み、神と人とが親しく交わるためのものです。しかし人が神との交わりを豊かに楽しむためには、天からの光が不可欠です。「燭台」(「メノーラー」)には神の鳥瞰的なご計画(=御国の福音)、「メノーラー」にデザインされている復活の初穂を予表する「アーモンドの木」、そして七つのともしび皿が予表している聖霊が現わされています。それゆえ、私たちは、朝ごとに夕ごとに、聖霊の油に満たされながら、絶えず、「揺り動かされない御国」への希望を刷新して行く必要があるのではないでしょうか。その意味で、「メノーラ―」は主にある者たちに今もなお永遠の希望を与えてくれる象徴なのです。


2016.5.21(受洗44周年記念)


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