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神を喜ばせる歩みについて

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4. 神を喜ばせる歩みについて

【聖書箇所】Ⅰテサロニケの手紙 4章1~8節

ベレーシート

  • 4章は「終わりに」(=「ロイポン」λοιπὸνは「最後に」とも訳されます)ということばで始まっていますが、テサロニケ人への手紙第一は5章もあるのです。これはパウロの手紙の特徴の一つです。「終わりに」と言いながら、文字通りの「終わり」になっていないという点です。この例はピリピ人への手紙でも見られます(3:1「最後に」)。逆に、第二テサロニケの場合は文字通り「最後に」です。パウロの手紙においての「はじめに」は宛先に対する神の祝福がそれに相当します。順序としての「終わりに」という意味と、事柄において重要な意味での「終わりに」があります。後者の例はエペソ人への手紙6章10節の「終わりに言います」がそれです。
  • テサロニケ第一4章の冒頭の「終わりに」は、おそらくこの手紙の中できわめて重要な教えとしての、主の空中再臨のことを記そうとして使ったことばではないかと理解します。その話について記す前に、前に伝えておいた神のみこころが何かについて触れておきたかったのだと思います。
  • 4章を二つに分けて瞑想します。一つは今回の箇所である1~8節、もう一つは次回で扱う9~18節です。

1. 神のみこころは、あなたがたが聖くなること

  • 2節に「私たちが、主イエスによって、どんな命令をあなたがたに授けたかを、あなたがたは知っています。」とあります。「命令」と訳された「パラッゲリア」(παραγγελία)は、本来「教え」を意味する名詞ですが、その動詞である「パラッゲッロー」(παραγγελω)が「命じる」という意味を持つことから、また事実、パウロたちが厳しく警告したことから、「命令」と訳されたと思われます。その内容は「自分のからだを、聖く、また尊く保つ」ことです。

【新改訳改訂第3版】Ⅰテサロニケ4章3~8節
3 神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。あなたがたが不品行を避け、
4 各自わきまえて、自分のからだを、聖く、また尊く保ち、
5 神を知らない異邦人のように情欲におぼれず、
6 また、このようなことで、兄弟を踏みつけたり、欺いたりしないことです。なぜなら、主はこれらすべてのことについて正しくさばかれるからです。これは、私たちが前もってあなたがたに話し、きびしく警告しておいたところです。
7 神が私たちを召されたのは、汚れを行わせるためではなく、聖潔を得させるためです。
8 ですから、このことを拒む者は、人を拒むのではなく、あなたがたに聖霊をお与えになる神を拒むのです。


●消極的な表現では、「不品行を避けること」です。このことは「兄弟を踏みつけたり、欺いたり」することだからです。しかも、主はこれらすべてのことについて正しくさばかれるとしています。神を知らない異邦人のように情欲におぼれることのないようにというのが、厳しく命じられた教えでした。

●積極的な表現では、神が私たちを召されたのは「聖潔」を得させるためで、各自わきまえて、「自分のからだを、聖く、また尊く保つこと」です。ここでの「聖潔」は倫理的な面における「聖さ」です。これは「キリストの花嫁」としての霊性において重要な事柄と言えます。異教的な倫理観に従ってはならないというその教えの背景には、「結婚」あるいは「性」に、神のご計画における根幹としての「奥義」が隠されているからです。その奥義に抵触する「不品行」は、神のご計画を根底から覆してしまうことになるからです。

●神と婚姻関係を合意の下で結んだイスラエルの民は、神である主に対する「不品行」を犯したゆえに、捕囚という憂き目を経験しました。そしてパウロの時代においても同じことを繰り返していました。それゆえ、A.D.70年には、エルサレムの神殿は破壊され、ユダヤ人が世界に離散するという神のさばきを招くことになるのです。それほどに、霊的な不品行と肉の不品行の根は深刻な問題を含んでいるのです。

●神の民とされた者に対して、パウロの言う「神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。」という教えを、神のご計画の鳥瞰的視点から理解し、かつ、キリストの花嫁としても正しく理解する必要があるのです。


2. 「兄弟愛」の模範としてのテサロニケ教会

【新改訳改訂第3版】Ⅰテサロニケ4章9~10節
9 兄弟愛については、何も書き送る必要がありません。あなたがたこそ、互いに愛し合うことを神から教えられた人たちだからです。
10 実にマケドニヤ全土のすべての兄弟たちに対して、あなたがたはそれを実行しています。しかし、兄弟たち。あなたがたにお勧めします。どうか、さらにますますそうであってください。

  • この箇所を通して、テサロニケの教会が「兄弟愛」に満ちた教会であったことを知ることができます。「兄弟愛」は「フィラデルフィア」(φιλαδελφία)です。この名前を持つ教会がアジアにありました(黙示録3:7~13)。この教会に対する非難は一切なく、称賛のみがあった教会です。
  • 「兄弟愛」という言葉はテサロニケのこの箇所を除いて他に5回使われています。その箇所を見るだけでも、この愛の重要性を知ることができます。

    すべて【新改訳改訂第 3版】
    (1) ローマ人への手紙 12章10節
    兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。
    (2) ヘブル人への手紙 13章1節
    兄弟愛をいつも持っていなさい。
    (3) ペテロの手紙第一 1章22節
    あなたがたは、真理に従うことによって、たましいを清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、互いに心から熱く愛し合いなさい。
    (4)(5) ペテロの手紙第二 1章7, 7節
    敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。

  • テサロニケの教会がいかに稀な兄弟愛をもっていたかを示す箇所が、以下のコリントの教会に宛てた手紙の中にあります。

    【新改訳改訂第3版】Ⅱコリント8章1~5節
    1 さて、兄弟たち。私たちは、マケドニヤの諸教会に与えられた神の恵みを、あなたがたに知らせようと思います。
    2 苦しみゆえの激しい試練の中にあっても、彼らの満ちあふれる喜びは、その極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て、その惜しみなく施す富となったのです。
    3 私はあかしします。彼らは自ら進んで、力に応じ、いや力以上にささげ、
    4 聖徒たちをささえる交わりの恵みにあずかりたいと、熱心に私たちに願ったのです。
    5 そして、私たちの期待以上に、神のみこころに従って、まず自分自身を主にささげ、また、私たちにもゆだねてくれました。


    マケドニヤの諸教会」とありますから、ここにはピリピの教会、およびテサロニケの教会が含まれていると考えられますが、ピリピの教会は紫布の商人であったルデヤを中心とした教会です。パウロの宣教のために経済的支援をした経済的に裕福な教会です。ですから、ピリピの教会は「極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て、その惜しみなく施す富となった」ということばには当てはまりません。したがって「マケドニヤの諸教会」とは、テサロニケの教会を中心にして広がったマケドニヤとアカヤの信者たちのことかもしれません(Ⅰテサロニケ1:7)。いずれにしても、パウロはコリントの教会に対して、「兄弟愛」の模範として「マケドニヤの諸教会」という言い方でそのあかしをしています。彼らは「聖徒たちをささえる交わりの恵みにあずかりたい」と自ら申し出たのです。これは主から出た恵み以外のなにものでもありません。

    この恵みは、マケドニヤの諸教会が最初からユダヤ人による迫害と患難を通ったことで与えられたものかも知れません。同じ苦難を共にすることによって培われた兄弟愛は、人一倍強いことを伺わせます。


3. 落ち着いた生活をせよ

  • 「神を喜ばす歩み」についての最後のパウロの勧告は、「落ち着いた生活を志すこと」です。

【新改訳改訂第3版】Ⅰテサロニケ4章11~12節
11 また、私たちが命じたように、落ち着いた生活をすることを志し、自分の仕事に身を入れ、自分の手で働きなさい。
12 外の人々に対してもりっぱにふるまうことができ、また乏しいことがないようにするためです。

  • この箇所にも、パウロがすでにテサロニケの人々に命じていた事柄が記されています。それは「落ち着いた生活を志す」ということです。「志す」と訳された「フィロティメオマイ」(φιλοτιμέομαι)は、この箇所の他に2回(ローマ15:20、Ⅱコリント5:9)使われています。この語彙は「真剣に、熱心に努力する」、「切に、ひたすらに求める、念願する」ことを意味する動詞です。「落ち着いた生活」とはここでは「自分の手で生活をする」ことを意味します。
  • この勧めの理由は、主の再臨の教えを誤解して、自分たちの生活のための職業を放棄して、兄弟愛を当てにし、それに依存する「ぶらさがり現象」が起こり始めたことにあります。主の再臨の教えがそうした誤解を生まないようにするために、パウロはここであえて自分の仕事に身を入れ、自分の手で働くことで、「落ち着いた生活を、熱心に求める」ように命じたのです。これは今日の私たちにおいても有効な勧めです。


2015.10.1


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