****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

礼拝用語Ps99

詩99篇 「守る」 שָׁמַר シャーマル

(カテゴリー:従順)

7節「・・彼らは、主のさとしと、彼らに賜ったおきてとを守った。」(新改訳)
They kept His testimonies and the ordinance He gave them. (NKJV)

Keyword; 「守る」 keep, obey, follow, observe,
18:21/19:11/37:34/99:7/103:18/105:45/106:3/132:12/119:4, 5, 8, 9, 17, 34, 44, 55, 57, 60, 63, 67, 88, 101, 106, 134, 146, 167, 168

  • 特に、ここでは神が人を守るのではなく、人が神から与えられた教え、さとしを守るという視点で考えます。「守る」と訳されたシャーマルשָׁמַר(shamar)は、詩篇においては72回、そのうちで神が人を守るという意味が圧倒的です。詩121篇、127篇はその代表的詩篇です。逆に、 詩篇119篇では人が神の教えを守るということで一貫しています。
  • シャーマルשָׁמַר(shamar)、日本語訳では「守る」ですが、英語では、keep―神とのかかわりを保つー、obey―神からの教えに従うー、follow―神に喜んで従うー、など、同じ「守る」でもそのニュアンスを変えて訳しています。
  • 詩119篇においては、「守る」ということが、当為から自意となっていることです。これは神の民がバビロン捕囚という苦しみを通して学んだことによります。捕囚経験以前には、彼らは「昼も夜も、そのおしえを口ずさむ」ということはありませんでした。しかし、捕囚経験の中で、彼らは彼らに与えられた神の律法がどんなにすばらしい賜物であったかに気づかされたのです。その意味で、「守る」ということばも、当為から意欲に変わったのです。しかし、これもやがて人間の罪によって次第に律法主義へと変質していきます(人間の罪のゆえに)。
  • 神は私たちの心のうちに神の律法を書きしるすというーつまり、私たちが自ら神の御教えに従いたいという思いを起こさせるという意味ー神にしかできないことをなされます。それが、聖霊による神の再創造の「恵みの御業」です。そこでは「守る」は「愛する」と同義なのです。
  • 主イエス・キリストは最後の晩餐において、弟子たちに「あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように。」(ヨハネの福音書13章34節) との「新しい戒め」を与えました。この戒めを守るためには、「もうひとりの助け主」(真理の御霊)が必要でした。その方が来られるとき、三位一体の神の愛の交わり、その愛のいのちが私たちのうちにあるということが分かるようになると言われました。そして、「わたしの戒めを保ち(口語訳では「心にいだいて」、新共同訳では「受け入れ」)、それを守る人は、わたしを愛する人です。わたしを愛する人は、わたしの父に愛され、わたしもその人を愛し、わたし自身を彼に現わします。」(同、14章21~23節)と言われました。これこそ、聖霊による神とのかかわりにおける再創造の恵みの御業です。この方に向かって、私たちはただ「ひれ伏す」のみです。


powered by Quick Homepage Maker 5.2
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional