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礼拝用語Ps116

詩116篇「(救いの杯を)かかげる」 נָשָׂא ナーサー

(カテゴリー:感謝)

  • >3節「私は救いの杯をかかげ נָשַׂא(nasa’)、主の御名を呼び求めよう。」

Keyword;「かかげる、上げる、向ける、仰ぐ」 lift up,    24:4,7,9/25:1/28:2/63:4/86:4/93:3/116:13/119:48/121:1/123:1/134:2/143:8

  • 「かかげる、上げる」と訳されたナーサーנָשַׂא(nasa’)は、「目を上げる」「手を上げる」「声を上げる」「心を上げる」「頭を上げる」ことに用いられています。これらはみな意識的な信仰行為を表しています。詩116篇13節の「救いの杯をかかげる」という表現も信仰的な決意を表わすものであり、しかも、多分に預言的です。
  • そこで「救いの杯をかかげる」(「救いの杯を献げて」と訳している聖書もあり)とはいったいどのような意味なのかを知る必要があります。
  • マルコ第10章35節以下で、イエスはしばしば「杯」について言われました。「あなたがたは自分が何を求めているのか、わかっていない。あなたがたは、わたしの飲もうとする杯を飲み、わたしの受けようとするバプテスマを受けることができますか」(10:38)と。この言葉は、ゼベダイの二人の子、ヤコブとヨハネがイエスに「私たちの頼み事―(すなわち、あなたが栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてくださいという願い事)ーをかなえていただきたい」と語ったことに対する返答でした。すでにイエスは、三度も、弟子たちにこれから自分の身に起ころうとしていることーつまり「これから、わたしたちはエルサレムに向かって行くこと。そして人の子は、祭司長、律法学者たちに引き渡され、彼らは人の子を死刑に定め、異邦人に引き渡すこと・・」(マルコ10:33~34)―を話されましたが、彼らはそのことがどういうことかを理解できませんでした。
  • イエスが飲もうとする杯には三つの意味合いがあります。その第一の意味は、祝福の杯です。愛に満ちた、恵みが溢れる甘い杯です。それをヤコブとヨハネは最後の晩餐において経験しました。(マルコ14:23~24)参照。
  • 第二の杯の意味は、苦難の杯です。イエスは最後の晩餐のあと、弟子たちを連れて祈るためにゲッセマネに行かれました。そしてひとり祈られました。「アバ父よ。・・どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください」と(マルコ14:36)。 人より上に立ちたい、権力を手にして人を支配したい、というひそかな誘惑があります。年がいくほど、経験を重ねるほど、その危険は大きくなります。しかしイエスの道はどこまでも人に仕える道でした。
  • 第三の杯の意味は、救いの杯、天の御国の杯です。イエスは言われました。「まことに、あなたがたに告げます。神の国で新しく飲むその日までは、わたしはもはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。」と(マルコ14:25) 。私たちには、将来、救いの完成があります。神の国で共に飲む日が来ることを信じて、今、救いの杯をかかげるのです。
  • 詩篇116篇13節の「私は救いの杯をかかげ נָשַׂא(nasa’)、主の御名を呼び求めよう。」の「救いの杯」とは、第三の意味で言われていると信じます。

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