****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

瞑想Ps49/A

Ⅱ/A(42~72篇) | テキストPs49 | 原典テキストPs49 | 瞑想Ps49/B | 礼拝用語Ps49 | 恩寵用語Ps49 | Ps46の「かかわりの構造」 |

瞑想Ps49/A

  • この詩篇には、人間の普遍的な問題である死がもたらすものについての格言(知恵)が教示されています。
  • その第一は、人が富を得ても、その人の家の栄誉が増し加わっても、人は、死ぬとき、何一つ持って行くことができないということです(16、17節)。つまり、人の栄誉も財産も人の称賛も死の前には全く無力であるという教えです。
  • 第二は、人は死後も栄華の中にとどまりつつげることはできないということです。人は、心の中で、自分たちの家は永遠に続くと思い込んでいるのです。しかしそれは幻想に過ぎません。
  • 第三は、人はたとえ栄華の中にあっても、悟りがなければ、滅び失せる獣に等しいということです。
  • 「悟り」を得るとはどういうことでしょうか。
  • ①「よみ」の存在を知ることです(14、15節)。ヘブル語ではシェオル(Sheol)です。詩篇の中ではそれほど多く使われていません(6篇5節、16編10、11節を参照)。よみは神との交わりが絶たれた場所であり、そこではだれも神をほめたたえることができません。そしてそこは神の言うことに耳を傾けることをしない者たちが行く所であり、住む所です。
  • ②よみからたましいを引き上げる(買い戻す)ことは人間には不可能だということを知ることです。なぜなら、たましいの贖い代はあまりも高く、この世の富をいくら積んだとしても買い戻すことはできないからです。それほどに、たましいの代価は高価なのです。人間的には永久に諦めなければなりません(7~8節)。
  • ③しかしながら、神だけがたましいをよみの力から買い戻してくださるということを知ることです(15節)。「買い戻す」とは、「身代金を払う」「代価を払う」「贖う」とも表現されます。神は御子イエス・キリストを通して、私たちをよみからいのちの道に引き上げてくださったのです。  
  • これらの三つのことを悟ることか大切だと信じます。ただ栄華の中でそれを得ることは難しいかもしれません。ただ私は、イエス・キリストを通して、よみから買い戻された者であることを心から信じて感謝します。

powered by Quick Homepage Maker 5.2
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional