****** キリスト教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

瞑想Ps129/C

Ⅴ/A(107~150篇) | テキストPs129 | 原典テキストPs129 | 瞑想Ps129/A | 瞑想Ps129/B |

瞑想Ps129/C

  • 「主の祝福があなたた(がた)にありますように。主の名によってあなた(がた)を祝福します。」といったことばは、しばしばクリスチャンたちの挨拶用語として使われています。
  • しかし、長い間、継続的に、しかも、びどい扱いを受けてきた人々にとっては、とても挨拶用語として使うことなどできないことは容易に察しがつきます。
  • 1~3節にある「私」とは神の民イスラエルの集合人格として考えることができます。1~3節にある「私」(イスラエル)の苦しみはいわば運命的なものです。神の救いのご計画のために選ばれた民としての運命的な苦しみなのです。それは私たち日本人には理解に苦しむところです。
  • 3.11(2011)と言えば忘れ得ない記憶となってしまいました。東日本を襲った未曽有の大地震と津波による大被害、それに伴う原発の被害です。その同じ日にイスラエルでは、あるユダヤ人一家に悲惨な出来事が起こりました。詳しくは以下のサイトで「リバイブ・イスラエル」で見ることができます。なぜ彼らが殺されたのか、その答えはきわめてシンプルです。「彼らがユダヤ人だから」です。
  • こうした事件は今にはじまったことではなく、ユダヤ人の歴史の中でなんども繰り返されて続けてきています。キリスト教の歴史においても、彼らが単に「ユダヤ人だから」という理由で苦難を与え続けてきた歴史があるのです。
  • 129:1, 2にある「ひどく」と訳されたヘブル語の形容詞「ラヴ」רַבは、旧約聖書で424回と多く使われていますが、それは、「多い、大きい、長い間、ひどく、幾度も、なんども、」といった意味です。
  • 「都上りの歌」では以下の箇所で使われています。

    120:6「私は、久しく、平和を憎む者とともに住んでいた。」
    123:3,「・・私たちはさげすみでいっぱいです。」
    123:4 「私たちのたましいは、安逸をむさぼる者たちのあざけりと、高ぷる者たちのさげすみとで、もういっぱいです。」
    129:1, 2「彼らは私の若いころからひどく苦しめた。」

  • 「シオンを憎む者たち」によってひどい苦しみを受けても「彼らは私に勝てなかった。」(2節後半)とあるように、ユダヤ民族は決して滅びることがないのです。それは彼らが特別な民だからです。彼らが、軽い気持ちの挨拶用語で、「主の祝福があなたた(がた)にありますように。主の名によってあなた(がた)を祝福します。」とは言えないことも理解できますし、あるいはそれを越えて、つまりメシアなるキリストよって彼らを祝福するという預言的な意味をこめて、「(しかし)、私たちは主の名によってあなたがたを祝福する。」と訳すこともできるのだと思います。

2011.6.29

powered by Quick Homepage Maker 5.2
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional