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理解を越えた大いなる事

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37. 理解を越えた大いなる事

【聖書箇所】 33章1節~26節

ベレーシート

  • エレミヤ書の心臓部(29~33章)のパート6のエレミヤ書33章は、「慰めの書」(30~33章)と言われる最後の部分であり、かつ総括的な章です。おそらくいろいろな時と場所でエレミヤに語られた神の心臓にふれる重要な事柄がこの章に寄せ集められています。それらを「あなたがたの知らない、理解を越えた大いなる事」(33:3)というタイトルでまとめることができます。
  • 「理解を越えたこと」(口語訳「隠されていること」、新共同訳「隠されたこと」、関根訳「及び難いこと」、NKJV訳-mighty things、TEV訳-marvelous things)と訳された原語は、動詞「バーツァル」בָּצַרの分詞・受動態・複数です。「バーツァル」は、ぶどうを摘み取る、小さくする、卑しめるという意味がありますが、この動詞が分詞・受動態で用いられる時には、「近づきがたいこと」「要塞化されたこと」「防御工事がされたこと」から「理解しえないこと」「隠されたこと」という意味が派生しています。それに「大いなる」(「ガードール」גָּדוֹל)という形容詞がついています。神のみこころにある「大いなる秘密」―神の心臓ー、簡単に知ることのできない、「理解を越えた大いなること」が33章にまとめられているのです。そのことを、「主に呼び求める者」に告げ知らせる(「ナーガド」נָגַד)と主が言っておられるのです。
  • 主なる神は人間に知らせることなく、大切な事をする方ではありません。ご自身のご計画を、その秘密を、主を呼び求め、主に尋ね求める者に必ず啓示してくださる方なのです。

エレミヤ書33章3節

【新改訳改訂3】
「わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。」
【口語訳】
「わたしに呼び求めよ、そうすれば、わたしはあなたに答える。そしてあなたの知らない大きな隠されている事を、あなたに示す。」
【新共同訳】
「わたしを呼べ。わたしはあなたに答え、あなたの知らない隠された大いなることを告げ知らせる。」
【NKJV】
'Call to Me, and I will answer you, and show you great and mighty things, which you do not know.'


1. 全イスラエル(イスラエルの家とユダの家)の回復 

【新改訳改訂第3版】
7 節 「わたしはユダとイスラエルの繁栄を元どおりにし、初めのように彼らを建て直す。」

14節 「見よ。その日が来る。──【主】の御告げ──その日、わたしは、イスラエルの家とユダの家に語ったいつくしみのことばを成就する。」

24節 「あなたは、この民が、『【主】は選んだ二つの部族を退けた』と言って話しているのを知らないのか。彼らはわたしの民をもはや一つの民ではないとみなして侮っている。」  26節「しかし、わたしは彼らの繁栄を元どおりにし、彼らをあわれむ。」

  • 主の「隠された、理解しえない大いなる事柄」とは、全イスラエルの回復なのです。これは今日の多くのキリスト教会において、置換神学の弊害により、正しく理解されていません。

2. 完全な赦罪

8節「 わたしは、彼らがわたしに犯したすべての咎から彼らをきよめ、彼らがわたしに犯し、わたしにそむいたすべての咎を赦す。」


3. エルサレムは全世界の中心地となる 

9節「この町は世界の国々の間で、わたしにとって喜びの名となり、栄誉となり栄えとなる。彼らはわたしがこの民に与えるすべての祝福のことを聞き、わたしがこの町に与えるすべての祝福と平安のために、恐れおののこう。」

以下の節はバビロンからの解放時のことですが、終末的な完全な回復も預言しています。

11節「楽しみの声と喜びの声、花婿の声と花嫁の声、『万軍の【主】に感謝せよ。【主】はいつくしみ深く、その恵みはとこしえまで』と言って、【主】の宮に感謝のいけにえを携えて来る人たちの声が再び聞こえる。それは、わたしがこの国の繁栄を元どおりにし、初めのようにするからだ」と【主】は仰せられる。


4. ダビデとメシアは不可分の関係 

【新改訳改訂第3版】エレミヤ書33章15~16節
15 その日、その時、わたしはダビデのために正義の若枝を芽ばえさせる。彼はこの国に公義と正義を行う。
16 その日、ユダは救われ、エルサレムは安らかに住み、こうしてこの町は、『【主】は私たちの正義』と名づけられる。」

  • 全イスラエルの回復を実現するのはダビデの家(子孫)から出る「若枝」によってです。この「若枝」は王なるメシアを意味します。イザヤ4:2/エレ23:5/ゼカリヤ3:8, 6:12を参照。
  • ここでの正義の「若枝」は単数です。「若枝」と訳された原語は「ツェマハ」(צֶמַח)で、「芽生えさせる」はその動詞「ツァーマハ」צָמַחの使役形です(ただし、Ⅱサムエル23:6の共同訳)。
  • 「若枝」であるメシアによって統治されるエルサレムが「『【主】は私たちの正義』と名づけられるのです。

最後に

  • 聖書を「木を見て、森を見ず」式の読み方ではなく、「森を見て、木を見る」式の読み方を身に着けるには、多くの時間を要します。しかもキーワ―ドが必要です。そのキーワードとは、神と人とがともに住む家、すなわち、「エデンの園の回復」です。それこそが「神のご計画とみこころの中心」です。そしてその中に「全イスラエルの回復」という理解を越えたことも含まれているのです。この視点から聖書を読むことで、今まで見えなかったものが見えてきます。これまで理解し得なかった事柄の中に、底知れず深い神の統治と神の愛に触れることができるのです。


2013.3.23


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