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永遠の安息(葬儀のために)

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今から後、主にあって死ぬ者は幸いである

(葬儀のためのメッセージ)

【新改訳2017】ヨハネの黙示録 14章13節
また私は、天からの声がこう言うのを聞いた。「書き記せ、『今から後、主にあって死ぬ死者は幸いである』と。」 御霊も言われる。「しかり。その人たちは、その労苦から解き放たれて安らぐことができる。彼らの行いが、彼らとともについて行くからである。」


ベレーシート

  • 上記のみことばは、本来、「獣と呼ばれる反キリスト」による未曾有の苦しみが定められているユダヤ人、 特に「イスラエルの残りの者」に対して預言されているものですが、主にあるクリスチャンにも当てはま ることばです。誰にとっても百パーセント確実なことは、人は必ず死ななければならないということです。 その中にあって、「主にあって死ぬ者は幸いである」ということば。なにゆえに「主にあって死ぬ者は幸い なのか。」、そのことを考えてみたいと思います。

1. 「安らぐことができる」から

  • 「安らぐ」とは「ヌーアッハ」(נוַּח) で、これはエデンの園に置かれることを意味します。「エデンの園」 には神の「良いものが豊かにある」ところで、乏しいことのない世界です。そこは神ご自身が人とともに いてくださるところで、死もなく、涙もなく、悲しみも叫び声も、苦しみもないところです。渇く者もあ りません。なぜなら、いのちの水の泉から豊かに飲むことができるからです。
  • 「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴わ れます。」(詩篇23:1~2)とダビデは歌いましたが、それはきわめて預言的です。「いこい」とは「ヌーアッハ」の名詞「メヌーハー」(מְנוּחָה)ְで、「永遠の福音」「御国の福音」「恵みの福音」の中核にあるものだからです。「永遠の福音」とは神が創造者であられるゆえの福音であり、 「御国の福音」とは神が王として支配されることの福音、そして「恵みの 福音」とは神が罪の赦しのために贖い(救い)を完成されたことの福音です。 それらの福音の中核を「いこい」として表現することができます。別な言葉では「安息」です。
  • 「安らぐ」ことができる理由としてあげられているのは、「彼らの行いが、彼らとともについて行くからである」とあります。「彼らの行い」とはどういうことでしょうか。それはイェシュアとのかかわりにおける「行い」です。イェシュアはこう言われました。

【新改訳2017】マタイの福音書11章28~30節
28 「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
29 わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。 そうすれば、たましいに安らぎを得ます。
30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」

  • 「行い」とは、イェシュアのもとに来て、イェシュアのくびきを負って彼から学ぶことを意味します。これが「安らぎ」を得る行いです。「来る」ことも、「学ぶ」ことも、実はすべて主の恵みによるものです。 そして、主にある者とは、主であるイェシュアとしっかりと結ばれることを意味します。イェシュアが約束された「安らぎ」は私たちがこの世で経験できるものとは違います。想像をはるかに越えた究極の「安らぎ」なのです。

2. 「今から後」に起こること

  • イェシュアにある「安らぎ」の保証は死んだ後ではなく、キリストが再び来られることによってもたらされます。冒頭のみことば(黙示録14:13)にある「今から後」と言われる「終わりの時」は、殉教した「イ スラエルの残りの者たち」にとってはキリストの地上再臨の約束を意味しますが、クリスチャンにとってはキリストの空中再臨の約束を意味します。聖書は「終わりのラッパが鳴るとき」と記していますが、「ラッパが鳴るとき」、一瞬うちに、主にある者が「朽ちないものに変えられる」ことによって、はじめて約束された「安らぎ」を経験するのです。それまで私たちは主のもとで、しばし「死」ではなく「眠り」に就くのです。かと言って「永眠」ではありません。必ず眠りから覚めて「復活」するのです。

【新改訳2017】Ⅰコリント15章51~54節
51 聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみな眠るわけではありませんが、みな変えられます。
52 終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちに変えられます。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。

  • 「永遠の福音」「御国の福音」「恵みの福音」が行き着く確かな希望である「安らぎ」(メヌーハー)の世界、「今から後」、 神の定められた日にそれが実現することを、信仰をもって感謝したいと思います。

2018.5.9

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