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新しいエルサレム神殿 (5) 主の宮のすべての定め

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42. 新しいエルサレム神殿 (5) 主の宮のすべての定めとその律法

【聖書箇所】 44章1節~31節

ベレーシート

  • 43章の冒頭では、神の栄光が東の方から現われ、神殿の東門をとおって主の栄光が戻って来たことが記されていました。そして主の栄光は神殿に満ちていたのです。その東門から入ることが許されるは「君主」だけです。「君主」だけがその東門からの出入りができました。かつてモーセが、至聖所の出入りが自由であったと同様にです。「君主」と訳されたヘブル語は「ナーシー」(נָשִׂיא)で「上に立つ者」を意味します。その語源は「ナーサー」(נָשָׂא)で「上げる、上げられる」を意味します。ここで「君主」は、すべての名の上に高く置かれたメシア、主イエス・キリスト以外には考えられません。その方のおられる神殿で仕える祭司たちの務め、彼らの受け継ぐべき相続、彼らの特権などが記されています。

1. 祭司たちの務め

  • メシアの統治する千年王国に生きる者たち、特に、イスラエルの民に対して「聖なるものと俗なるもの」との違いを教え、また「汚れたものときよいもの」との区別を教えることが祭司たちの務めでした。これは祭司制度を回復し、そして彼らの失敗を踏み直しをさせているのです。神殿の務めは祭司たち、レビ人に与えられましたが、いつの間にか、その務めの雑用を割礼を受けていない異邦人にさせていたことがあったのです。それゆえ、神殿の務めはツァドクの子孫のレビ人の祭司だけが、神に近づき、神に仕えることができるとしています。ということは、言い換えると、ツァドクの子孫以外のすべてのレビ人は祭司職から除外されるということです。
  • 祭司エリ家に対する神の厳しいさばきの預言のあとに、次のようなことばが語られています。それは「わたしは、わたしの心と思いの中で事を行なう忠実な祭司を、わたしのために起こそう。わたしは彼のために長く続く家を建てよう。彼は、いつまでもわたしに油注がれた者(メシア)の前を歩むであろう。」ということばです(Ⅰサムエル2:34)。ここにある「彼」とは祭司ツァドクのことです。
  • ダビデの治世に、主の契約の箱を担ぎ、ダビデと苦しみを共にし、神に仕えてきた祭司のエブヤタルは、ダビデの子アドニヤがダビデに逆らい、自ら王となったとき、彼に組したことで、ソロモンから祭司職を罷免されました。そのエブヤタルに代って大祭司に任命されたのが、ツァドクでした。ソロモン王以降は「ツァドクの子孫のレビ人」が正統派の祭司としてエルサレムの神殿での祭司職に就くこととなったのです。そしてその職は特権的立場であり、永久職でした。すでに神がサムエル記で預言されたとおりです。

2. 祭司の務めについての規定

  • 祭司の着る服について、かぶり物について、頭髪について、ぶどう酒を飲むことについて、結婚について、死人に触れることについてなどの規定が示されます。例祭でのおきてを守ること、安息日を聖別することによって、また、生活のすべて環境において主に従うことが、彼らの務めでした。そのことによって、神の民に「聖なるものと俗なるものとの違いを教え」、神の御心である聖なる生き方の手本を民に示すことが求められました。

3. 祭司の相続地と特権

  • ツァドクの子孫であるレビ人の祭司たちの相続地は、千年王国においても「主ご自身」でした。また彼らの特権として、すべての献納物は彼らのものとなります。


2013.7.17


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