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恩寵用語Ps47

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詩47篇「統べ治める」 מָלַךְ マーラフ

〔カテゴリー統治〕

8節「神は国々を統べ治めておられる。神はその聖なる王座に着いておられる。」(新改訳)
8節「ヤーウェは多くの民族の上に王となった。ヤーウェはその聖なる御座に座した。」
(関根訳)

Keyword; 「治める、王となる」 reign, reign as king, made king, rule,
47:8/93:1/96:10/97:1/99:1/146:10

  • 「統べ治める」と訳された「マーラフ」(מָלַךְ)は、「王として君臨される」(新共同訳)、とも訳されています。原文では完了形が使われているので、「王となられた」(岩波訳)、「王となった」(関根訳)とも訳されています。ヘブル語では、将来のことであっても確実にそうなるということがはっきりとしている場合には完了形が使われています。昔も、今も、そして将来も神の統治は変わることがなく、やがては確実に世界が見える形で神の統治が表わされます。
  • 「マーラフ」(מָלַךְ)は、旧約で347回ですが、詩篇では6回と少ないのは意外です。しかし、神が王として治めることは旧約ではきわめて重要な思想です。なかでも、詩99篇は神をイスラエルの王として賛美する6つの詩篇において最高峰と言えます、なぜなら、それは「主は王である」(1節)からはじまって「われらの神、主は聖である」(9節)という信仰告白にまで達しているからです。
  • 神をイスラエルの王と同時に全世界の王とする思想は、主がさばくために来られて、万民のあちに義の支配を建てられ、そして万民がイスラエルとともに神を礼拝するという希望を述べているからです。まさに主を全世界の王として賛美することは終末論的希望を告白宣言することでもあります。その意味で、「神は国々を統べ治めておられる」「ヤーウェは多くの民族の上に王となった。」とは、神を信じるすべての人々の心をあわせる偉大な賛美と言えます。
  • 上記のように考えるならば、詩47篇1, 2節の呼びかけは、将来の輝ける希望への招きとして聞こえてきます。その呼びかけに目を留めよう。
  • 「すべての国々の民よ。手をたたけ。喜びの声をあげて神に叫べ。
    まことに、いち高き方主は、恐れられる方。全地の大いなる王。」
  • ちなみに、「マーラフ」(מָלַךְ)の名詞形の「王」は「メレク」(מֶלֶךְ)で、旧約で2523回使われています(もちろんこの数の中には神以外の王も含まれています)。同じく名詞形の「王国」は「マルフート」(מַלְכוּת)。旧約聖書に登場する人物で、語根の「メーム」(מ)、「ラーメド」(ל)、「カフ」(כ)―を持っているのは、シャレムの王であり祭司であった「メルキゼデク」、ダビデの妻となった「アビメレク」、ダビデを助けた祭司の「アヒメレク」、預言者の「マラキ」などがあげられます。

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