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大祭司エホヤダの勇気と冷静さ

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47. (大)祭司エホヤダの勇気と冷静さ

【聖書箇所】Ⅱ歴代誌 23章1節~21節

ベレーシート

  • ユダの歴史において、ダビデの血筋による王位継承が六年間中断し、ヨラムの妻アタルヤが女王として統治するという異例の事態が起きてしまいました。しかしそのような事態の中で、幼児ヨアシュを救出したことがその危機を免れることになります。
  • 女王アタルヤは北イスラエルのオリム王朝の孫娘であり、アハブの娘でした。彼女の存在は、この世の王制のあり方がどのようなものかを象徴しています。それは王朝が交代するたびに、恐れのゆえに、前の王朝の王の血筋がみな殲滅させられるということは当然の理だったからです。しかし、本来、イスラエルは神が王として統治する神政国家です。たとえ人が王として立てられたとしても、その王はあくまでも神の代理としての王であるというのがイスラエルの王制の基本理念でした。
  • ダビデが王となる前に、自分を執拗に殺そうと謀るサウルに対して、殺すチャンスがあっても、神が油注がれた者に対して手を下そうとはしませんでした。また、神から約束された全イスラエルの王となるということも決して急ぐことなく、神の時を待つことができました。その背景には、イスラエルを統べ治められるのは神であるという信仰が根底にあったからです。
  • イスラエルを統べ治められるのは神であるという信仰と、神がダビデの王国をとこしえまでも堅く立てるという約束(ダビデ契約)が、今回のⅡ歴代誌23章の出来事の背景にあると言えます。

1. 「奮い立った」祭司エホヤダ

  • 23章1節に「その第七年目に、エホヤダは奮い立って、・・たちを連れて来て、彼と契約を結ばせた。」とあります。「その第七年目」とは、アタルヤによるユダの王族の殺害(殲滅)事件から数えてという意味です。祭司エホヤダはまずリーダー的な立場にある者たちを密かに集めて、「彼と契約を結ばせた」とあります。「彼」とは七歳になった正当なユダの王族のヨアシュのことです。その彼と「契約を結ぶ」ということは、ヨアシュを王として、その臣下となるということを意味します。そのあとで、リーダたちは、ユダを巡回して、すべての町々からレビ人と一族のかしらたちをエルサレムに集合させます。そして、神の宮において、「王(となるべきヨアシュ)と契約を結んだのです。
  • そして、祭司エホヤダ(=エホヤダは大祭司です)は彼らにこう言ったのです。

    【新改訳改訂第3版】Ⅱ歴代誌23章3節後半
    ご覧のとおり、【主】がダビデの子孫について約束されたように、王の子が王となるのです。

    【岩波訳】Ⅱ歴代誌23章3節後半と4節前半
    3 見よ、王の子だ。ダビデの子孫についてヤハウェが語ったように、彼が王となる。
    4 あなたがたがなすべきことは、これだ。・・


    【ヘブル語原文】
    3 「ヒンネー・ベン・ハンメレク・イムローフ」(הִנֵּה בֶן־הַמֶּלֶךְ יִמלֹךְ)
    4 「ゼ・ハッダーヴァール・アシェル・タアスー」(זֶה הַדָּבָר אֲשֶׁר תַּעֲשׂוּ)


    ●原文を見る限り、岩波訳が原文に忠実な訳のように見えます。
    祭司エホヤダは集まった人々にイスラエルの王と理念の動機づけをしたということです。

  • そして、祭司エホヤダはヨアシュを王とした後のなすべきことを事細かに指示したあとで、「王の子(ヨアシュ)を、連れ出して、彼に王冠をかぶらせ、さとしの書を渡して、彼を王と宣言したのです。王をほめたたえる民たちの声と近衛兵の声をアタルヤが聞いたときは、すでに「あとの祭り」でした。

2. 祭司エホヤダの勇気と冷静さ

  • 祭司エホヤダ(脚注)の勇気と冷静さに学ぶべきことが多くあります。

    (1) エホヤダの勇気

    1節の「エホヤダは奮い立った」とあります。「奮い立つ」と訳されたヘブル語は「強くする、勇気を持つ」という意味の「ハーザク」(חָזַק)の強意形(ヒットパエル態)が使われています。自らの意志をもって「奮い立つ」(新改訳)、「勇気をもって」(口語訳)、「決意を固めて」(新共同訳)と訳されています。

    神の事柄の真偽を正しく理解して、そのために身の危険を顧みず、熱意をもって戦う姿勢を彼のうちに見ます。これはまさに真の預言者的精神ともいうべきものです。このような人物がいたことは特筆すべきことです。

    (2) 用意周到な準備をした冷静さ

    1節の「その第七年目」にということばは重要です。そこには神の時が隠されているように思います。「六」という数は、聖書では人間の数であり、「七」という数は神の数を表わしているからです。この時が来て初めて「平穏」を取り戻すことができるのです(23:22)です。「平穏」と訳された「シェケト」(שֶׁקֶט)は「戦いの後の静けさ、緊張状態が解かれたあとの平安」を意味しています。そこが「平和」(「シャーローム」שָׁלוֹם)との違いです。

    • 神の時が来たことを、祭司エホヤダが悟ったのではないかと考えられます。神の時が来るまで何もしない。いや、むしろ神の最善の時が来ることを信じて、用意周到な準備をして、冷静さをもって待つという信仰。これこそ、私たちが神の民として身に付けなければならないことだと信じます。


3. 神殿の回復

  • 祭司エホヤダの勇気と冷静さは、ユダの王家の血筋にあるヨアシュを王とすることだけではなく、バアル礼拝と化した神殿を本来の主の宮として回復することでした。「謀反だ、謀反だ」と叫ぶアタルヤがユダの地に及ぼした異教の影響を、断ち切るための改革をしなければなりませんでした。

    (1) アタルヤの殺害を指示したこと。
    (2) バアルの宮とその祭壇とその像を取りこわし、バアルの祭司を殺したこと。
    (3) 日々の礼拝のために、主の宮の管理をレビ人の祭司の手にゆだねたこと。
    (4) 門衛たちを立て、主の宮が汚されないようにしたこと。
    (5) 長い間、主の宮で身を隠していたヨアシュの身柄を主の宮から王宮に移して、ヨアシュを王国の王座に着かせたこと。

  • 以上のことからしても、(大)祭司エホヤダの果たした貢献は大きなものであったと言えます。ちなみに、エホヤダが死んだときの年齢は130歳で、モーセの年齢(120歳)よりも10年長く生きたことになります。異例の年齢です。



「エホヤダ」の表記ですが、新共同訳では「ヨヤダ」と表記しています。原語は「イェホーヤーダー」(יְהוֹיָדָע)で、「主は知っておられる」という意味です。

画像の説明

大祭司の系図(ウィキペディアより引用)

2014.4.4


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