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圧倒的な主の栄光の輝きのヴィジョン

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2. 圧倒的な主の栄光の輝きのヴィジョン

【聖書箇所】 1章4節~28節

 ベレーシート 

  • 1章4~24節には、エゼキエルが召命の時に見せられた圧倒的な主の栄光の輝きの幻が記されています。主の栄光が現われるときには、主に仕えている御使いたちも当然そこに存在します。ここに登場する御使いの名前は、エゼキエル書10章で「ケルビム」という名前として明かされますが、1章ではただ「生きもの」とだけ記されています。
  • 1章の四つの生きものはそれぞれ「四つの顔を持ち、四つの翼をもって」います。

    【新改訳2017】エゼキエル書1章10~14節
    10 彼らの顔かたちは人間の顔で、四つとも右側には獅子の顔、四つとも左側には牛の顔、さらに四つとも鷲の顔を持っていた。
    11 これが彼らの顔であった。彼らの翼は上方に広げられ、それぞれ、二つは互いに触れ合っていて、もう二つはそれぞれのからだをおおっていた。
    12 彼らはそれぞれ前を向いてまっすぐに進んだ。霊が進ませるところに彼らは進み、進むときには向きを変えなかった。
    13 それらの生きものの姿は燃える炭火のようであり、たいまつのように見えた。火がそれらの生きものの間を行き来していた。火には輝きがあり、その火から稲妻が出ていた。
    14 それらの生きものは、閃光のように出たり入ったりしていた。

  • これらの生きものには、「御使い」に関する表象のすべてがあるように思います。その表象とは「風」「雲」「火」(燃える炭、たいまつ)「光」(輝き、いなずま)「輪」(※)「翼」、そして「音(雷鳴)」です。

※ユダヤの伝承によれば、「輪」は黙示録8章3~4節に出て来る御使いのことで、「サンダルフォン」という名前をもっているようです。1章4~25節にはこのケルビムのヴィジョンが描かれていますが、15節には「四つの生きもの」にはそれぞれ一つずつの「輪」があります。「輪」と「ケルビム」は同じ霊で一緒に動いています。16節は「輪の中に輪がある」と記されています。これは、この世のすべての出来事には相互関係があるということかもしれません。エゼキエル書1章の超自然的異像としての生きものが、御使いの「ケルビム」だと知れば、この箇所は御使いについて思いを巡らす最高のテキストとなりますが、エゼキエル1章の重要なヴィジョンは、御使いではなく、26~28節に登場する「王座に似たようなもののはるか上にいる。人間の姿に似たもの」に向けられています。この方こそ、神の栄光の輝き、神の本質の完全な顕現者として現わされる御子の幻であろうと思われます。「御子は御使いたちよりもさらにすぐれた」存在です(ヘブル1:4)。エゼキエルはこの方の栄光を「見て、ひれ伏し」、「語る者の声を聞いた」のでした(28節)。

「エゼキエルのvision」
https://www.youtube.com/watch?v=xrXD0Y2GmuI

1. 聖書に登場する御使いたち

  • 「ケルビム」という御使いの名前はすでに創世記3章24節に登場します。「こうして、神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた」と記されています。
    契約の箱.PNG
    他に、Ⅰサム、Ⅱサム、Ⅱ列王、イザヤにそれぞれ1回。Ⅰ歴代、詩篇にそれぞれ2回。Ⅱ歴代に7回。出エジプトとⅠ列王にそれぞれ11回(ここでは幕屋と神殿の契約の箱の関連で使われています)。そしてエゼキエル書は18回です。新約聖書は1回(ヘブル9:5)です。
  • 「ケルビム」の奉仕の目的は、神が聖であることと神の力とを強調することです。
    画像の説明


2.  ケルビムの上の御座に着いておられる方

  • エゼキエル書1章で最も重要なことは、ケルビムの存在ではなく、その上の方に座しておられる方の栄光です。なぜなら、エゼキエルの主題は、主の栄光が神の民のゆえに神の都エルサレムからいったん離れて、再びそこに戻ってくる「主の栄光」だからです。ちなみに、エゼキエルがケバル川のほとりで「主の栄光のヴィジョン」を見たのはB.C.593年頃ですから、エルサレム陥落の6年前ということになります。
  • 詩篇にはこう記されています。

    【新改訳2017】詩篇 80篇1節
    イスラエルの牧者よ聞いてください。
    ヨセフを羊の群れのように導かれる方よ 
    光を放ってください。
    ケルビムの上に座しておられる方よ。

  • 「主の栄光」が再びエルサレムに戻って来られるのはキリストの再臨の時です。しかし神はその時の前段階として、すでに二千年前にその準備をしてくださいました。それは御子イェシュアの誕生です。そのときのことをルカは次のように記しています。

【新改訳2017】ルカの福音書2章8~14節
8 さて、その地方で、羊飼いたちが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていた。
9 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。
10 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。
11 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
12 あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。」
13 すると突然、その御使いと一緒におびただしい数の天の軍勢が現れて、神を賛美した。
14 「いと高き所で、栄光が神にあるように。地の上で、平和がみこころにかなう人々にあるように。」

  • 御使いたちは御子イェシュアの誕生の知らせだけでなく、その生涯の歩みのすべてにおいてイェシュアに常に仕えておられたのです(マタイ4:11、ルカ22:43)。主の栄光と御使いの顕現は常に一つなのだという事を、エゼキエル書1章は伝えようしています。


2013.4.26


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