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主はあなたを恋い慕い、愛し、選んだ

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93. 主はあなたを恋い慕い、愛し、選んだ

【聖書箇所】 申命記10章15節

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【読み】
フ バ・アヴォーハー  ハーシャク  アドーイ  レ・アハヴァー  オーーム  ヴァイヴ

【文法】
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【翻訳】

【新改訳改訂3】
【主】は、ただあなたの先祖たちを恋い慕って、彼らを愛された。そのため・・・選ばれた。
【口語訳】
そうであるのに、主はただあなたの先祖たちを喜び愛し、・・・選ばれた。
【新共同訳】
主はあなたの先祖に心引かれて彼らを愛し、選んで、・・・くださった。
【NKJV】
The Lord delighted only in your fathers, to love them; and He chose
【NIV】
Yet the LORD set his affection on your forefathers and loved them, and he chose you,

【瞑想】

Duet 3つの動詞.PNG

申命記10章15節には三つの重要な動詞があります。神のイスラエルに対する愛を表わす動詞です。

イエスは十戒を二つの戒めに要約しました。それは「神を愛すること」と「人を愛すること」です。その戒めを守るための動機づけとなる重要な土台がこの三つの動詞なのです。「恋い慕う」「愛する」「選ぶ」-これらの三つの動詞は互いに結び合っています。

実は、申命記7章にもこれらの三つの愛の動詞があります。
6節b  あなたの神、【主】は、地の面のすべての国々の民のうちから、あなたを選んでご自分の宝の民とされた。
7節 【主】があなたがたを恋い慕って、あなたがたを選ばれたのは、あなたがたがどの民よりも数が多かったからではない。事実、あなたがたは、すべての国々の民のうちで最も数が少なかった。
8節  しかし、【主】があなたがたを愛されたから、また、あなたがたの先祖たちに誓われた誓いを守られたから、【主】は、力強い御手をもってあなたがたを連れ出し、奴隷の家から、エジプトの王パロの手からあなたを贖い出された。

(1) 「恋い慕う」と訳された動詞ハーシャクחָשַׁקは、旧約で8回、申命記では3回(7:7/10:15/21:11)使われています。他には創世記34:8、詩篇91:14にも使われています。使用頻度としては多くはありません。この動詞は「恋い慕う」(新改訳)の他に、「慕う」(新共同訳、フランシスコ会訳)、「心を寄せる」(関根訳)、「ひかれる」(左近訳)とも訳されます。本来、創世記34章8節に見られるように、男が女に対して、身も心も奪われる、惹きつけられるといった俗っぽい言葉ですが、神がイスラエルに対しての思いもそうした面があるということです。それ相当の根拠があるわけではないのに、「惹きつけ」「心寄せ」「こよなく慕わせる」のです。それが次の「選ぶ」ということばにも関連しています。

(2) 「選ぶ」と訳された動詞はバーハルבָּחַרは、旧約で164回、詩篇では13回使われています。その多くが、神がイスラエルを、あるいは神が人を選ぶという場合に使われています。この動詞が最も多く使われているのは申命記、次いでイザヤ書です。申命記では31回中1回だけいのちを選ぶように求められていますが、他の30回は神がイスラエルを選んだとたたみかけているのです。その極めつけが7章7~8節なのです。「主があなたがたを恋い慕って、あなたがたを選ばれたのは、・・・主があなたがたを愛されたから」なのです。その選びの理由は「主があなたがたを愛されたから」とあります。「あなたがたを選ばれたのは、あなたがたがどの民よりも数が多かったからではない。事実、あなたがたは、すべての国々の民のうちで最も数が少なかった。」とも説明されています。

日本のクリスチャン、特に教職者たちの中には、マイノリティー(少数派)であることにコンプレックスを感じている方が多いように感じられます。そこにはマジョリティ(多数派)を良しとする考え方があるからかもしれません。神の選びはそうした考え方と相反しています。主イエスも「あなたがたは地の塩です」(マタイ5:13)と言われました。塩はその量が少なくてもその役目を果たすことが出来るのです。むしろ、塩けを十分に保っていることのほうが重要なのです。聖書の神は、単に数が多いことを良いことだとはされない神です。特に、「選び」においてはそうです。

(3) 「愛する」と訳されたアーハヴאָהַבは、神の「選びの愛」を表わす動詞です。ちなみに、「契約の愛」はヘセドחֶסֶד(chesed)という語彙が用いられます。ひとたび契約を結んだ者に対する確固とした、不変的な愛を意味します。それに対して、神のイスラエルに対する選びは、神の一方的な無条件的な至高の愛に基づくものです。それゆえ、イスラエルに接木された異邦人である私たちも、愛されるに価する何物もないことを認めなければなりません。神がイスラエルを選ばれたのは、神がそうしたいから、そうしたとしか言いようのない「功なき愛」のゆえなのです。

アーハヴאָהַבは、本来、神が人に対して示される無条件の愛ですが、それを神が人に求められるとき、「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい(אָהַב)」と要求されます。これは神のアーハヴの反映と言えます。つまり、これがー申命記の主題ですがー「愛されて、愛する」「選ばれて、選ぶ」という主体的、自立的な信仰を建て上げるのです。


2013.5.18


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