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レハブアムの政策(最初の3年間)

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35. レハブアムの政策(最初の3年間)

【聖書箇所】Ⅱ歴代誌 11章1節~23節

ベレーシート

  • 前章で全イスラエルが二つに分裂した後、レハブアムは役務長官ハドラムをイスラエルに遣わしましたが、彼は石で殺されました。そのことで、エルサレムに帰ったレハブアムは、ユダとベニヤミンの家から戦いのために選抜された戦闘員18万人を招集し、北イスラエル(10部族)と戦おうとしました。

1. 神がなされたというその意図とはなにか

  • イスラエルにおける内部戦争がまさに始まろうとしていたそのとき、神の人シェマヤーに告げられたことばの中に、以下の言葉がありました。

    【新改訳改訂第3版】Ⅱ歴代誌11章4節
    『【主】はこう仰せられる。上って行ってはならない。あなたがたの兄弟たちと戦ってはならない。おのおの自分の家に帰れ。わたしがこうなるようにしむけたのだから。』」

画像の説明

  • これで以下のように訳されます。もし「上記のヘブル語を訳せ」という課題が出たとしたら、おそらく難儀するはずです。

    「わたしがこうなるようにしむけたのだから」(新改訳)
    「この事はわたしから出たのである」(口語訳)
    「こうなるように計らったのはわたしだ。」(新共同訳)
    「これは、わたしから出たことである。」(岩波訳)
    “for this thing is from Me” (NKJV)

  • 神がそうなるように仕向けられたというその意図は何なのでしょうか。おそらくその意図は、神のご計画の鳥瞰的視点なしには答えは出ないと思います。壮大な神のご計画の中にこの出来事が組まれていると考えられます。神のご計画の鳥瞰的視点によれば、イスラエルが再び「一つ」となるのは、メシア王国が実現した時です。人間的には考えられない形で、方法で、それが実現するのです。歴史の中には隠された、秘められた神の事柄が多くあります。それゆえ、神のご計画の鳥瞰的視点が必要なのです。その視点の必要性が指し示されているように思えます。

2. レハブアムの最初の三年間の政策

  • Ⅱ歴代誌11章では、レハブアムの最初の三年間について記されています。なぜ、「三年間」なのか。それは彼の王位が確立した期間であったからです。その後に、レハブアムは神から離れて行くからです。レハブアムの三年間の王としての政策をまとめてみたいと思います。

    (1) 主のことばに聞き従った

    神の人シェマヤーが伝えた主のことばにレハブアムが聞き従って、戦いを中止して、引き返したことです。預言者の「シェマヤー」の名前の意味は「神は聞かれる」という意味ですが、北イスラエルのヤロブアムに対抗すべく出かれようと出陣したレハプアムの行軍をとめたとても勇気のある預言者です。

    怒り心頭になっているレハブアムも、ここでシャマヤの語る主のことばを冷静に信じて、行軍を中止して引き返したことは称賛されるべきことです。以後、シャマヤはレハブアム王に仕える預言者となったようです(12:5,12)。


    (2) ユダの中に防備の町を建てた

    レハブアムはユダとべニヤミンの中に15の防備のための町を建てました。それぞれの町に、常時、兵士を置いておくために、隊長を置き、食糧品を貯え、大盾と槍を配備しています。しかしそれらの町々がイスラエルに対して防備としての役割を果たすことはありませんでした。「主がそうなるようにしむけた」というメッセ―ジは北と南が戦うようにはならないことも含まれていたのです。


    (3) 北イスラエルでリストラされた祭司たちとレビ人たちとを受け入れた

    北イスラエルのヤロブアムは、北の民たちが南ユダのエルサレムに巡礼しないように北と南、すなわち、ダンとベテルに礼拝所を造り、そこに偶像を造らせました。そのために主の祭司たちの職を解いて、必要な祭司を一般の人々から任命し、勝手に祭りの日も定めました。主の祭司たちとレビ人はリストラされ、自分たちに与えられていた遊牧地と所有地を捨てて、エルサレムにやって来なくてはならない事態に陥りました。また主を尋ね求める者たちもレハブアムは受け入れたのです。

    ヤロブアムの宗教政策にもかかわらず、北イスラエルの中から、主を尋ね求める者たちもいたようです。彼らの存在はレハブアムを励まし、王権を強める形となったようです。レハブアムも、心をささげてエルサレムに来る者を拒みませんでした。


    (4) 賢明な行ない

    11章23節に、「彼は賢く事を行い」とあります。具体的には、自分の子どもたちをもれなく、防備の町々に分散させ、たくさんの食糧を供給し、かつ多くの妻を捜し与えた」とあります。賢明な判断に基づく行為の背景にあるのは、後継者問題において争いを起こさせないためであったようです。

    レハブアムは妻マハラテから3人の息子、さらにアブシャロムの孫娘のマアカから4人の息子がいました。彼は18人の妻と60人のそばめを持っており、26人の息子と60人の娘をもうけています。しかし、レハブアムには明確にマアカとの間に出来たアビヤを後継者と定めていたため、後継者問題には人一倍、気を使っていたものと思われます。確かに、レハブアムがしたことは、後継の問題において何一つ問題が起らず、彼の死後、スムーズに彼の子アビヤが王となっています。その意味で、聖書は「「彼は賢く事を行い」と評価しているのです。


2014.3.5


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