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ユダの王エホヤキムの第四年に(BC.605)

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47. ユダの王エホヤキムの第四年に(BC.605)

【聖書箇所】 46章1節~28節

ベレーシート 

  • エレミヤ書の46章から50章には諸国に対する預言がまとめられています。
46章01~28節エジプト
47章01~07節ペリシテ
48章01~47節モアブ
49章01~06節アモン
07~22節エドム
23~27節ダマスコ
28~33節ケダルとハツォル
34~39節エラム
50章01節~バビロン
51章01節~64節バビロン
  • エレミヤ書には三度、「ユダの王エホヤキムの第四年に」というフレーズがあります。この年はきわめて重要な年であり、ユダの運命を大きく左右する年となりました。その年に何が起こったのでしょう。その前に、前後の重要な歴史的な流れをチャートで確認しておきましょう。

画像の説明


1. 世界の歴史を塗り替えたBC.605年(エホヤキムの第四年の意義) 

  • エホヤキムの第四年には、カネケミシュの戦いにおいて、バビロン軍がエジプト軍を敗退させました。バビロン軍はエジプト軍を追撃し、エジプトが国から出て来れないほどにエジプトを占領し、支配権を握りました(Ⅱ列王記24章7節)。
  • 天下分け目の決戦ー日本の歴史においても、たとえば、源平の合戦、関ヶ原の合戦はそうした天下を分ける戦いでした。カルケミシュの戦いもそうした天下を分ける重要な決戦でした。
  • B.C.605年のカルケミシュの戦いの後、ネブカデレザル軍はエルサレム、、エジプト軍を負かして中東の支配権を握り、エルサレムをも攻略しようとしたとき、ネブカデレザルの父ナボポッサルがその年の8月に死んだため、一時、ネブカデレザルは国に戻らなければならなくなりました。その時に、人質としてユダの王族と貴族から数人の者が人質としてバビロンへ連れて行かれます。その中にダニエルがいたのです。9月にはバビロンの王として即位します。これは世界史においては画期的出来事でした。
  • 丁度その年、エレミヤはそれまで語って来た23年間分の預言を書記のバルクに口述して筆記させ、巻き物として完成させました。その翌年の冬、バルクは神殿で首長たち、および王にその語られた預言書を読んで聞かせました。しかし、王であるエホヤキムはその記された巻き物を少しずつ切り取っては火で燃やしました。それゆえエレミヤとバルクは、再度、それを翌年までに書いたのです。

2. エジプトについてのさばきの預言 

  • エジプトに対するさばきの預言が46章に記されていますが、重要なことはエジプトのカルケミシュでの戦いでの敗北は、神の審判であることが強調されているということです。エジプトとバビロンの軍勢はほぼ互角であったと思われます。しかし、実際に戦ったときに、何ということか、エジプト軍がおののいてうしろに退き、背を向けて逃げの姿勢になってしまいました。その結果、敗北したのですが、そうなってしまったのは、万軍の神のさばきによるものであるとエレミヤは語っています。
  • さらに13節~24節では、バビロンの王ネブカデレザルが侵攻し、エジプトを捕虜にすることが語られています(19節)。エルサレムではBC.597とBC.587、二度にわたるユダの人々のバビロンへの捕囚がありますが、その5年後のBC.582に、バビロンがアモンとモアブを降伏させます。そのときにエジプトへの侵略がなされたようです。24節「娘エジプトははずかしめられ、北の民の手に渡された。」とあるように、北からの災い、北から来る民(バビロン)の預言こそ、エレミヤの語った預言のはじめであり終わりでした。
  • 神の預言どおり、バビロンの王ネブカデレザルによって、エジプトの国は打たれたのです。ちなみに、25節にある「ノのアモン」について、「ノ」は脚注にあるようにエジプトの首都「テーベ」のことであり、「アモン」はそこの主神です。
  • しかしエジプトに侵攻したバビロンも、世界を支配してから66年後にはなんとペルシャによって滅びてしまうのです。

2013.4.12


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