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ユダの周辺諸国に対する主のさばきの預言

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3. ユダの周辺諸国に対する主のさばきの預言

【聖書箇所】 2章4節~2章15節

ベレーシート

  • これまでオバデヤ書、ナホム書、ハバクク書を瞑想し、今、ゼパニヤ書を瞑想しています。みな小預言書ですが、そこには共通した思想があります。

    (1) オバデヤ書・・ヤコブの兄エサウの系譜にあるエドムに対するさばき
    (2) ナホム書・・・アッシリヤとその首都二ネベに対する神のさばき
    (3) ハバクク書・・ユダに対するさばき(徹底的破滅からの回復)
    (4) ゼパニヤ書・・ユダとその周辺諸国に対する神のさばき


    ●ユダの周辺諸国に対するさばきは、すべての「反ユダヤ主義」に対するさばきでもあります。そのさばきは「主の日」になされますが、その「主の日」が真に意味するのは「終わりの日」、すなわち、メシア王国の実現の時を示唆しています。その日の「型」となる出来事が、神の歴史の中にいろいろな形で啓示されています。

    ●「主の日」は、ギリシア語で「カイロス」(καιρός)です。水平的な時間の流れの中に、突然、上から介入される神の訪れを意味します。その日には、審判と回復とがコインの表裏のように同時に起こるのです。

    ●神の啓示には「一般啓示」と「特別啓示」とがあり、自然界における啓示と歴史における啓示は「一般啓示」に属します。そして神の御子イェシュアにおける神の啓示は「特別啓示」です。聖書には、神がいろいろな方法を通して、ご自身の御計画とみこころを記しているのです。申命記18章22節に「預言者が主の名によって語っても、そのことが起こらず、実現しないなら、それは主が語られたことばではない。その預言者が不遜にもそれを語ったのである。・・」とあります。すでに実現した預言もありますし、これから起こる預言もありますが、最終的には「終わりの日」が来るまでは分かりません。ですから信仰が必要なのです。大預言書のみならず、小預言書にも耳を傾けて、預言書としての整合性を読み取る必要があります。そのためには、注意深く主のことばを聞き取る必要があるのです。


1. ユダとその周辺諸国に対する神のさばき

主の民をそしった諸国.JPG
  • 2章4節~15節には、右図のように、四つの地域の国々に対する主のさばきがなされることが記されています。具体的な名前が記されてはいますが、ユダのエルサレムを中心とする周囲の諸国のすべてを象徴していると考えられます。その諸国はすべて反イスラエル、反ユダヤ主義の象徴です。万軍の主の民に対するそしりとののしりはすべて彼らを選んだ主に対するものとみなされ、その高慢のゆえにさばかれるのです。
  • その地域はやがてメシア王国の中心的な地域であり、新しい聖なる都エルサレム(=回復されるエデンの園)の地域なのです。


ペリシテ - コピー.JPG

(1) 西のペリシテ滅亡の預言(2:4~7)

  • ガザ、アシュケロン、アシュドデ、エクロンの地名が記され、その地域は「海辺に住む者たち」「ケレテ人の国」「ペリシテ人の国カナン」とも呼ばれています。主は彼らのその地を消し去って、そこは「ユダの家の残りの者の所有となる」と預言しています。


(2) 東のモアブ、アモン滅亡の預言(2:8~11)

  • 「モアブ」と「アモン」はロトの子孫ですが、主の民をそしり、ののしったその高慢のゆえに、彼らの地がソドムとゴモラのように徹底的な壊滅状態となることが預言されています。そして、「わたしの民の残りの者が、そこをかすめ奪う」としています(9節)。
  • さらに、11節では「主は、・・地のすべての神々を消し去る。そのとき、人々はみな、自分のいる所で主を礼拝し、国々のすべての島々も主を礼拝する」と預言しています。それは、主を知る知識がシオンから流れ出て、全地におよぶようになるからです。八百万の神を拝む日本に住む者たちも、やがてメシア王国においては、日本において主なる神を礼拝するようになるという預言なのです(イザヤ2:3、ヨハネ4:21~24参照)。今日の状況ではとても考えられないことですが、やがてそうなるのです。
アブラハムの旅した地域.JPG


(3) 南のクシュ滅亡の預言(2:12)

  • 「クシュ」はエチオピアのことであり、エジプト人もこの中に含まれると考えられます。その地域は主の剣によって刺し殺されると預言されています。

(4) 北のアッシリヤ滅亡の預言(2:13~15)

  • アッシリヤとその首都ネニベも荒れ果てた地となることが預言されています。ニネベの「私だけは特別だ」とする傲りは、主が「わたしは主、ほかにはいない」(イザヤ45:5, 14, 18, 21)と言うのに等しいのです。ニネベの誇りは、この世界でほしいままに権力をふるおうとする者たちの共通の誇りです。しかし、万軍の主こそ天と地における至高者なのです。

    【新改訳改訂第3版】イザヤ書2章12節、17~18節
    12 まことに、万軍の【主】の日は、すべておごり高ぶる者、すべて誇る者に襲いかかり、これを低くする。
    17その日には、高ぶる者はかがめられ、高慢な者は低くされ、【主】おひとりだけが高められる。
    18 偽りの神々は消えうせる。


2. 「残りの者」(「シェエーリート」שְׁאֵרִית)という思想

(1) 語彙

  • 聖書の中に「残りの者」というフレーズが多くあります。ヘブル語では「シェアール」(שְׁאָר)と「シェエーリート」(שְׁאֵרִית)の二つがあります。しかし、神の民イスラエルのことを表わすのは後者の「シェエーリートです。前者は男性名として表わされ、後者は女性名詞として表わされます。神の民イスラエルは主の妻であるゆえに女性名詞なのです。
  • ゼパニヤ書の中には「残りの者」「生き残りの者」の語彙が5回使われています。

①【新改訳改訂第3版】ゼパニヤ書 1章4節。
わたしの手を、ユダの上に、エルサレムのすべての住民の上に伸ばす。わたしはこの場所から、バアルの残りの者שְׁאָר〕と、偶像に仕える祭司たちの名とを、その祭司たちとともに断ち滅ぼす。

②【新改訳改訂第3版】ゼパニヤ書 2章7 節
海辺はユダの家の残りの者שְׁאֵרִית〕の所有となる。彼らは海辺で羊を飼い、日が暮れると、アシュケロンの家々で横になる。彼らの神、【主】が、彼らを訪れ、彼らの繁栄を元どおりにするからだ。

③【新改訳改訂第3版】ゼパニヤ書 2章9節
それゆえ、わたしは誓って言う。──イスラエルの神、万軍の【主】の御告げ──モアブは必ずソドムのようになり、アモン人はゴモラのようになり、いらくさの茂る所、塩の穴、とこしえの荒れ果てた地となる。わたしの民の残りの者שְׁשְׁאֵרִית〕が、そこをかすめ奪う。わたしの国民の生き残りの者〔「イェテル」יֶתֶר〕が、そこを受け継ぐ。

④【新改訳改訂第3版】ゼパニヤ書3章13節
イスラエルの残りの者שְׁאֵרִית〕は不正を行わず、偽りを言わない。彼らの口の中には欺きの舌はない。まことに彼らは草を食べて伏す。彼らを脅かす者はない。

(2)「残りの者」の思想

  • 「残りの者」の思想はイザヤ書において最も顕著ですが、「残りの者」の思想とメシアとの関係はきわめて重要です。神の契約を破棄した不義なる神の民に神の審判が臨みますが、その民の中から、あたかも切り株から生命が芽生えるように、「残りの者」という少数の真のイスラエルが生じて、聖なるすえを形作ります(イザヤ6章13節)。この「聖なるすえ」こそ、「イスラエルの聖なる方、主に、まことをもって、たよる」(イザヤ10:20)者たち、すなわち「残りの者」です。この「残りの者」こそ、メシア王国(千年王国)、および「永遠の御国」における「新しい聖なる都エルサレム」のメンバーなのです。
  • 1948年、5月14日にイスラエルが建国されました。その直前に起こったヒットラーのユダヤ人絶滅計画をかいくぐって「残された民」がいたのです。そしてイスラエルの建国によって世界中に離散していたユダヤ人たちが帰還するようになりました。この出来事とメシア王国とは別の事柄です。なぜなら、多くのユダヤ人はいまだイェシュアをメシアと信じていないからです
  • イスラエルの建国の意義は、神がアブラハムとその契約とを覚えておられることを世に示したことだけでなく、ヘブル語がベン・イェフダーによって奇蹟的に復興されたことです。ヘブル語復興のの意義は計り知れません。なぜなら、聖書の神の概念はこのヘブル語によってはじめて正しく理解されるからです。それは、ヘレニズム的思考に対するヘブライニズム的思考の再興をうながすと共に、神のご計画を正しく理解させるための神のカイロスであったと信じます。

2015.6.30


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