****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

ミカの嘆きと「イスラエルの残りの者」の回復預言

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2. ミカの嘆きと「イスラエルの残りの者」の回復の預言

【聖書箇所】2章1~13節

ベレーシート

  • 2章は大きく二つの部分からなっています。一つはエルサレムの罪に対するミカの嘆き(1~11節)と、イスラエルの残りの者を必ず集めるという回復の預言(12~13節)からなっています。

1. エルサレムの罪に対する預言者ミカの嘆き

(1) 「ああ」(1節)

  • 2章は、冒頭の悲嘆を表わす「ああ」と訳された「ホーイ」(הוֹי)から始まります。「ホーイ」は旧約で51回使われています。ミカ書ではここ1回限りですが、イザヤ書(22回)とエレミヤ書(11回)の特愛用語です。ユダの民が神の民でありながら、その土台である神のみおしえ(トーラー)を無視している現実。特にミカは、富裕な支配者階級に対して貧しい者たちを圧迫していることを糾弾しています。
  • この世において悪をなす者たちは、往々にしてその地位と権力を利用して巧妙に私欲を満たそうとします。しかし、それが神の民を指導する者たちがそうであったところにミカの嘆きがあります。

    【新改訳改訂第3版】ミカ書 2章2節
    彼らは畑を欲しがって、これをかすめ、家々をも取り上げる。彼らは人とその持ち家を、人とその相続地をゆすり取る。

  • 「欲しがり」⇒「かすめ」⇒「取り上げる」=「ゆすり取る」。「畑」「家々」「人とその持ち家」「人とその相続地」と、収奪の範囲も次第に拡大していく様子を描いています。神を恐れることがなくなった社会では、上に立つ者が暴力的な力を用いずとも、合法的な手段にみせかけて収奪することは「朝飯前」です。ミカはそれを「悪巧みを計り、寝床の上で悪を行う者。朝の光とともに、彼らはこれを実行する」(1節)と表現しています。今日のカルト化した教会がまさにそれです。

(2) 「その日」(4節)

  • そうした私欲を満たそうとする「やから」に対して、主は主権をもって「わざわいを下そう」とされます。ここでの「わざわい」とは、ユダの亡国の憂き目と捕囚です。

(3) 「たわごと」(6節)

  • ミカによる主のさばきの預言に対しての人々の反応は、「たわごとを言うな」という嘲り(嘲笑)でした。こうした抵抗に出会うことは預言者の典型的な運命です。
  • ここで「たわごと」(新改訳、新共同訳)と訳されているヘブル語は「ナータフ」(נָטַף)で、ミカ書では2章6節に3回、2章11節にも2回使われていますが、口語訳は「説教してはならない」、岩波訳は「よだれを流すな」、バルバロ訳は「預言するな」、ATD訳は「面罵(めんば)してはならない」・・と訳語はさまざまです。いずれにしても、ミカが言うようなそんな悪い事など、起こるはずないという抗議があったことを意味しています。

2. イスラエルの残りの者を必ず集めるという回復の預言

  • 2章12~13節は、メシアによって確実に起こる終末の預言です。終末預言は、私たちが「御国の福音」を理解する上できわめて重要です。以下の箇所では、同じヘブル語動詞を重ねて使うことで、将来に起こる出来事の確実性を強調しています。

    【新改訳改訂第3版】ミカ書2章12~13節
    12 ヤコブよ。わたしはあなたをことごとく必ず集める。わたしはイスラエルの残りの者を必ず集める。わたしは彼らを、おりの中の羊のように、牧場の中の群れのように一つに集める。こうして人々のざわめきが起ころう。
    13 打ち破る者は、彼らの先頭に立って上って行き、彼らは門を打ち破って進んで行き、そこを出て行く。彼らの王は彼らの前を進み、【主】が彼らの真っ先に進まれる。

  • ミカ書2章12節の「おりの中の羊」と訳された部分は、新改訳の脚注によれば、「ボツラの羊」とも読めるとしています。「おり」とか「囲い」と訳されたヘブル語が、エドムの「ボツラー」(בָּצְרָה)と同じ綴りだからです。(↓下図がボツラ(「ペトラ」とも言う)
ぺトラ②.JPG
  • 「ボツラ」は、イスラエルの「残りの者」たちが獣と呼ばれる反キリストの支配から逃れると預言されている場所です。彼らはそこにおいて「恵みと哀願の霊」が注がれ、十字架につけたイェシュアこそ神の御子メシアであることに目が開かれます。そのことによって、彼らはイェシュアを王としてつき従い、一つの群れとなるのです。
  • 12節で重ねられている動詞は「アーソーフ」(אָסֹף)で「集めに、集めて」です。もうひとつは「アーソーフ」と同義で、「カーヴァツ」(קָבַץ)です。「呼び寄せ、呼び寄せる」です。そのようにしてイスラエルの神を敬う「残りの者」たちを、囲いの中の羊のように一つの群れにするということです。そしてこのことが、ことごとく、確実に、必ずなされるのです。
  • 「集めに、集めて」「呼び寄せ、呼び寄せる」のは、ヤコブの真の羊飼いであり、そして王です。このイメージは、イェシュアがヨハネの福音書10章で語ったことに匹敵します。

    【新改訳改訂第3版】ヨハネの福音書10章2~4節
    2 しかし、門から入る者は、その羊の牧者です。
    3 門番は彼のために開き、羊はその声を聞き分けます。彼は自分の羊をその名で呼んで連れ出します。
    4 彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。




2014.12.13


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