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ペリシテ人に対する主の剣

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48. ペリシテ人に対する「主の剣」

【聖書箇所】 47章1節~7節

 ベレーシート 

  • ユダに対する主のさばきと取り扱いだけでなく、その周辺諸国に対する神のさばきについて知ることは、歴史全体の動きを知るうえでとても重要です。エレミヤ書47章は長い間にわたってイスラエルと敵対してきたペリシテ人たちがバビロンの台頭によってどうなっていくのかを預言した章です。短い章ですが、バビロン軍という「主の剣」のさばきの恐ろしさを垣間見させます。

 1. 休むことのない「主の剣」 

【新改訳改訂第3版】エレミヤ 47章6~7節
6 「ああ。【主】の剣よ。いつまで、おまえは休まないのか。さやに納まり、静かに休め。」
7 どうして、おまえは休めよう。【主】が剣に命じられたのだ。アシュケロンとその海岸──そこに剣を向けられたのだ。

  • 「剣」という語を検索すると旧約で413回でてきます。エレミヤ書は71回、エゼキエル書では91回、後は、Ⅰサムエル24回、士師記23回、ヨシュア記20回とその使用頻度の順です。「剣」はしばしば神のさばきの象徴として使われます。今回のように「主の剣」(「ヘレヴ・ラドナイ」חֶרֶב-לַיהוה)というフレーズはエレミヤ書では他に12章12節だけです。その主の剣によってすべてのペリシテ人は破滅するという預言です。
  • 新約の使徒の働き8章で、サマリヤにいた伝道者のピリポが「立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。」という主の使いが言うのを聞いて出かけました。そこに、「このガザは今、荒れ果てている」と記されています。ガザが荒れ果てていたのは、エレミヤの預言と関係がないとは言えません。
  • 正確な年代はわかりませんが、エジプト軍がカルケミシュの合戦によって敗北し、エジプト軍が敗走し、それを追うようにしてバビロン軍が南下して来ました。その時のBC.605年か、あるいは翌年のBC.604年であった可能性があります。
  • 長きにわたってイスラエルを苦しめて来たペリシテ人がここでバビロン軍の「主の剣」によって壊滅したのです。

 2. ペリシテ人の起源と歴史、および地域について 

画像の説明
  • 聖書ではじめて「ペリシテ人」についての記述がみられるのは、創世記10章14節です。ハムの系譜の「ミツライム」から・・「カスルヒ人」-そこからペリシテ人が出たとあります。これらはエジプト周辺の民ですが、前12世紀以来「ペリシテの地」(パレスチナ)に定住しました。また「カフトル島」(クレタ島)にもペリシテ人が住んでいたようです。
  • アブラハム、イサクの時代からペリシテ人とのかかわりがあつたことを聖書は記しています。また、出エジプトの際には、神は約束の地への近道であるペリシテ人の道には導かれませんでした。それは民が好戦的なペリシテ人を見て、心変わりしてエジプトに引き返すことを懸念したからでした。ヨシュアの時代には、ペリシテの五人の領主がそれぞれ地を治めていましたが、その地はガザ、アシュドテ、アシュケロン、ガテ、エクロンの五つです。
  • 彼らは鉄の文明を持った軍事国家でした。イスラエルはペリシテの脅威にいつもさらされていたため、民たちは他の国同じように王を求めるようになり、イスラエルにはじめて王制が導入されました。ダビデ王はペリシテの脅威をかなり取り除くのに成功したようです。
  • ところで、エレミヤ書47章に記されているペリシテの地は、ダゴンの神を祭る「ガザ」とアシュタロテを祭る「アシュケロン」です。彼らのみならず、彼らと同盟国にあったフェニキアの「ツロ」と「シドン」もバビロン軍の「主の剣」によって破滅させられることが語られています。

2013.4.12


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