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パウロに啓示された「奥義」


2. パウロに啓示された「奥義」

ベレーシート

●使徒パウロに啓示された「奥義」(新共同訳「秘められた計画神秘」、聖書協会共同訳「秘義」、フランシスコ会訳「神秘」)について取り上げます。新約聖書に「奥義」(「ミュステーリオン」μυστήριον、「ソード」סוֹד)という言葉が28回使われていますが、そのうち共観福音書においてイェシュアが語った「天の御国の奥義」(神の国の奥義)として使われているのがそれぞれ各1回で計3回、ヨハネの黙示録の1回。それを除くと24回のすべてがパウロの書簡で使われています。その内訳は、ローマ書(3)、Ⅰコリント書(6)、エペソ書(8)、コロサイ書(5)、Ⅰテモテ書(2)となっています。パウロは旧約聖書の中に隠されてきた真理を「奥義」(「ミュステーリオン」μυστήριον)として誰よりも深く啓示された人物なのです。

●織田昭氏は「ミュステーリオン」μυστήριονを「不可思議」という意味ではなく、キリストが来られた時についに明らかになった「神様の究極のご計画」のことだとしています。実際、キリストが来られて語った「奥義」はその時代の多くの人々には理解できませんでした。「奥義」は「今まで隠されて来たことが、今や福音の中に明らかに示され、やがて完成する神のご計画のことである」がゆえに終末論的特質を持っています。しかしそれはイェシュアの語られることばを「聞くこと」(尋ね求めること)を通してはじめて明かされるのです。その意味ではパウロ、ヘブル名では「尋ね求める」(「シャーアル」שָׁאַל)の意味を持つサウロ(「シャーウール」שָׁאוּל)の名は、摂理的だったと言えます。イスラエルの最初の王となった「サウル」も「サウロ」と同じくשָׁאוּלと記されます。同じベニヤミン族として、パウロはサウル王の失敗を踏み直した人物だと言えます。

※引用はすべて【新改訳2017】からです。
ローマ 11章25節
兄弟たち。あなたがたが自分を知恵のある者と考えないようにするために、この奥義を知らずにいてほしくはありません。イスラエル人の一部が頑なになったのは異邦人の満ちる時が来るまでであり、
ローマ 16章25節
〔私の福音、すなわち、イエス・キリストを伝える宣教によって、また、世々にわたって隠されていた奥義の啓示によって──
ローマ 16章26節
永遠の神の命令にしたがい、預言者たちの書を通して今や明らかにされ、すべての異邦人に信仰の従順をもたらすために知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを強くすることができる方、

Ⅰコリント 2章1節
兄弟たち。私があなたがたのところに行ったとき、私は、すぐれたことばや知恵を用いて神の奥義を宣べ伝えることはしませんでした。
Ⅰコリント 2章7節
私たちは、奥義のうちにある、隠された神の知恵を語るのであって、その知恵は、神が私たちの栄光のために、世界の始まる前から定めておられたものです。
Ⅰコリント 4章1節
人は私たちをキリストのしもべ、神の奥義の管理者と考えるべきです。
Ⅰコリント 13章2節
たとえ私が預言の賜物を持ち、あらゆる奥義とあらゆる知識に通じていても、たとえ山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、私は無に等しいのです。
Ⅰコリント 14章2節
異言で語る人は、人に向かって語るのではなく、神に向かって語ります。だれも理解できませんが、御霊によって奥義を語るのです。
Ⅰコリント 15章51節
聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみな眠るわけではありませんが、みな変えられます。

エペソ 1章9節
みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。その奥義とは、キリストにあって神があらかじめお立てになったみむねにしたがい、
エペソ 3章3節
先に短く書いたとおり、奥義が啓示によって私に知らされました。
エペソ 3章4節
それを読めば、私がキリストの奥義をどう理解しているかがよく分かるはずです。
エペソ 3章5節
この奥義は、前の時代には、今のように人の子らに知らされていませんでしたが、今は御霊によって、キリストの聖なる使徒たちと預言者たちに啓示されています。
エペソ 3章9節
また、万物を創造した神のうちに世々隠されていた奥義の実現がどのようなものなのかを、すべての人に明らかにするためです。
エペソ 5章32節
この奥義は偉大です。私は、キリストと教会を指して言っているのです。
エペソ 6章19節
福音の奥義を大胆に知らせることができるように、祈ってください。

コロサイ 1章26節
すなわち、世々の昔から多くの世代にわたって隠されてきて、今は神の聖徒たちに明らかにされた奥義を、余すところなく伝えるためです。
コロサイ 1章27節
この奥義が異邦人の間でどれほど栄光に富んだものであるか、神は聖徒たちに知らせたいと思われました。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。
コロサイ 2章2節
私が苦闘しているのは、この人たちが愛のうちに結び合わされて心に励ましを受け、さらに、理解することで豊かな全き確信に達し、神の奥義であるキリストを知るようになるためです。
コロサイ 4章3節
同時に、私たちのためにも祈ってください。神がみことばのために門を開いてくださって、私たちがキリストの奥義を語れるように祈ってください。この奥義のために、私は牢につながれています。
コロサイ 4章4節
また、私がこの奥義を、語るべき語り方で明らかに示すことができるように、祈ってください。

Ⅰテモテ 3章9節
きよい良心をもって、信仰の奥義を保っている人でなければなりません。
Ⅰテモテ 3章16節
だれもが認めるように、この敬虔の奥義は偉大です。「キリストは肉において現れ、霊において義とされ、御使いたちに見られ、諸国の民の間で宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに上げられた。」


1. パウロの「奥義」にある三つの内容

●パウロが「奥義」という言葉を用いるとき、その内容は大きく分けて三つの領域があります。

(1) 神のご計画に関する「奥義」
・・ローマ11章25節、コロサイ1章26~27節、エペソ1章9節、3章4節、6節。

(2) キリストご自身に関する「奥義」
・・コロサイ1章27節、同2章2節、Ⅰテモテ3章16節。

(3) キリストによってもたらされた御国、および救いに関する「奥義」
・・ローマ16章25節、Ⅰコリ 15章51節、エペソ3章4節、3章6~7節、6章19節、コロサイ1章26~27節、2章2節、4章3節。


2. 「奥義」は啓示によってパウロに示された

●パウロは「奥義が啓示によって私に知らされました」(エペソ3:3)と言っているように、神のうちに隠されている多くの事柄や深遠な真理を啓示によって知らされたとあります。啓示とは、神ご自身がなさろうとしているご計画を示すために、必要な時と場合に応じて明確に現わすことです。申命記29章29節にはこう記されています。「隠されていることは、私たちの神、【主】のものである。

●「啓示」はギリシア語で「アポカリュプシス」(ἀποκάλυψις)、動詞は「アポカリュプトー」(ἀποκαλύπτω)で「覆いを取り除いて」、それまで理解できなかったことを「明るみに出す」ことを言います。隠された事柄を、神は多くの預言者たちを通して漸次的にその内容を明らかにしてこられましたが、「終わりの時」には御子によって明らかにされます。

●啓示の内容は、人間が人間の理性によって探求して得られたものではありません。神ご自身のご計画とみこころを、神の側から、すなわち聖霊によってのみ人間に開示されるのです。それは人間の心と思い、さらには知性がくらまされているゆえに、自分の力では神に属する事柄を理解できなくなっているからなのです。もし神がご自身の真実を知らせたいと思うなら、人間の知恵や識別力に期待せず、ご自分から私たち人間に近づいて来られて、人の心の目を開くしかありません。この神の自己開示こそが「啓示」なのです。パウロはキリストを通してこの啓示を豊かに受けた人でした。「奥義」と「啓示」は切っても切れない密接な関係にあるのです。

●奥義を意味するヘブル語は「ソード」(סוֹד)ですが、アモス3章7節にはこうあります。

【新改訳2017】
まことに、【神】である主は、ご自分の計画(סוֹד)を、そのしもべである預言者たちに示さずには、何事もなさらない。
【口語訳】
まことに主なる神は/そのしもべである預言者にその隠れた事(סוֹד)を/示さないでは、何事をもなされない。
【新共同訳】
まことに、主なる神はその定められたこと(סוֹד)を/僕なる預言者に示さずには/何事もなされない。
【新改訳改訂第3版】
まことに、神である主は、そのはかりごと(סוֹד)を、ご自分のしもべ、預言者たちに示さないでは、何事もなさらない。
【聖書協会共同訳】
まことに、主なる神は、ご自分の僕である預言者にその秘密(סוֹד)を示さずには何事もなされない。


2018.12.26


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