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サラの死を契機に墓地を取得しようとした意図

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24. サラの死を契機に墓地を取得しようとした意図

【聖書箇所】 創世記 23章1節~20節

はじめに

  • わずか20節の中に、二つの事柄があります。ひとつはアブラハムの妻サラの死であり、もうひとつはサラを葬る墓地を取得しようとするアブラハムのこだわりです。生涯の伴侶をなくしたアブラハムの悲しみと、そこから立ち上がって妻を葬る墓地の取得は私たちに何を語ろうとしているのかを瞑想したいと思います。ちなみに、前者はわずか2節のみで、後者は18節分もかけて記しています。当然、後者で言われている事がこの章のポイントだということが分かります。

1. サラのために嘆き、涙したアブラハム

  • 人の生涯において、その人にとって大切な人物と死別したり、あるいは別れたり離れたりという経験をします。人でなくても愛着のあるもの、ある立場や地位、環境といったものでもそれを失うならそれなりの悲しみやストレスを受けるものです。なかでも伴侶の死は最高レベルのストレスをもたらすと言われています。これは古今東西の不変の真理だと思います。
  • サラの生涯は127年。サラはアブラハムの異母兄妹ですから、生まれてからずっとアブラハムと共に生きてきたことになります。いつ夫婦になったのかわかりませんが、神の召命に答えてアブラハムが75歳の時にハランを出て、カナンの地を漂白するようになってからというもの、実に62年間、信仰の旅路を共にしたことになります。90歳でイサクが与えられてからは37年生きたことになります。
  • サラはヘブロンで死にますが、アブラハムは「来て、サラのために嘆き、泣いた。」(1節)とあります。「来て」とありますから、妻の臨終の時にアブラハムは家を離れていたようにも見えますが、中沢訳では「進み寄り」と訳しています。ちなみに、新共同訳では訳していません。いずれにしても、アブラハムのサラに対する惜別の思いは大きかったと思われます。関根訳はここを「サラに告別しこれを悼んだ」と訳しています。岩波訳も「サラのために葬儀と哀悼の儀を催した」と淡々と訳しているのに対して、フランシスコ会訳は「(死者の横たわっている所に)はいって、泣き叫び、サラの死をいたんだ」と訳しています。中沢訳も「胸を打って泣き伏した」と訳しています。ヘブル語直訳では「そして来た、アブラハムは、嘆き悲しむために、サラのために、また彼女のために泣くために」となっています。「嘆き悲しむ」は胸を打ちたたいて嘆く「サーファド」סָפַדという動詞が使われています。ですから、新共同訳、中沢訳は「サラのために胸を打ち、嘆き悲しんだ」と訳しています。
  • 喜びも悲しみもすべて共にしてきた配偶者に対して、行くところ知らずして旅立った信仰の伴侶、長い間子が与えられることを忍び待ち望んだ伴侶、多くの困難と試練を共に通過した伴侶でした。また、幼かりし頃のこと、故郷のこと、昔の思い出を共有できる唯一の存在であったサラに対する悲しみの涙は当然であり、自然であり、また美しくもあります。

2. サラの墓地の取得についてのこだわり

  • しかし、3節ではアブラハムは「その死者のそばから立ち上がり」、次の行動に移ります。ここからが23章の重要な部分となっています。遺された者としての義務があります。それはサラを葬ることです。4節以降には、墓地の取得に当たって、その方法についてかなりこだわっていることが分かります。
  • アブラハムがそこに住んでいたヘテ人に墓地の交渉をしたとき、彼らの返事は「あなたはたいへん良い方ですから結構です。どうぞ最上の墓地に、亡くなった方を葬ってやってください」と非常に好意的でした。アブラハムはヘテ人からは一目置かれていた存在であったようです。彼らの中にあって、「神のつかさです」(新改訳)、「神に選ばれた方です」(新共同訳)、「神のような方です」(関根訳)、「神にも等しい方です」(中沢訳)、「神のような立派なお方です」(岩波訳)、「偉大な大公です」(フランシスコ会訳)と訳されています、ヘブル語で最上級の表現をするときには「神の」が付け加えられることが多いようですが、いずれにしても、アブラハムは当時の人々との間では、リーダー的存在であったことがわかります。ちなみに「つかさ」と訳された名詞の「ネスィー」נְשִׁיאは「上げる、to lift up」という動詞「ナーサー」נָשָׁאから来ています。
  • この章において、注目すべきことは、土地の取得交渉においてヘテ人から何度も何度も「差し上げます」と言われているにもかかわらす、アブラハムは正式な手続きと正当な代価を支払って墓地用の土地を手に入れようとしたことです。このアブラハムのこだわりはいったいなにゆえでなのしょうか。
  • その理由は、アブラハムが神の約束を信じる信仰の証として墓地を取得したということです。かつてアブラハムには次のような約束を与えられていました。それは15章13~16節です。

    【新改訳改訂第3版】
    15:13 そこで、アブラムに仰せがあった。「あなたはこの事をよく知っていなさい。あなたの子孫は、自分たちのものでない国で寄留者となり、彼らは奴隷とされ、四百年の間、苦しめられよう。
    15:14 しかし、彼らの仕えるその国民を、わたしがさばき、その後、彼らは多くの財産を持って、そこから出て来るようになる。
    15:15 あなた自身は、平安のうちに、あなたの先祖のもとに行き、長寿を全うして葬られよう。
    15:16 そして、四代目の者たちが、ここに戻って来る。それはエモリ人の咎が、そのときまでに満ちることはないからである。

  • アブラハムは神が仰せられたとおりにこの地が自分の子孫のものとなるために、この墓地を彼らのために準備しておいたと考えられます。アブラハムは神から「あなたが滞在している地、すなわちカナンの全土を、あなたとあなたの後のあなたの子孫に永遠の所有として与える」と約束されました。しかし、アブラハムがその地で得た最初のものは墓地でした。
  • サラのためだけの墓というよりも、サラの死を契機に、神の約束への信仰の証となるべく、墓地のための土地を取得することにこだわったと言えます。ちなみに、この墓地に葬られることになるのは、サラをはじめとして、アブラハム、イサクとその妻のリベカ、彼らの子ヤコブ、そしてその妻のレア、妻ラケルの子ヨセフです。ヨセフはエジプトで死にましたが、その亡骸はやがて約束の地に侵入した世代に、ここに葬られたのです。
  • 神の約束に対する信仰の証、それは、いかなる困難があろうとも約束されたカナンの地を離れることをしません。この地こそ神が私と私の子孫に与えられた地だからです、という信仰の表明だったのです。

3. 語彙の文法的視点からの裏付け

  • アブラハムのこだわりに対するヘブル語の文法的裏付けがあります。それはヘブル語動詞に特有の強意形(ピエル形)が、この墓地の取得のやり取りにおいて使われているのです。残念ながら、翻訳された聖書ではそのニュアンスは伝わってきません。

    (1) 3節「それからアブラハムは、・・ヘテ人に告げて言った。」
    「ダーバル」דָבַּרの強意形を、単に「言った」と訳さず、「告げて言った」と新改訳は訳しています。新共同訳では「頼んだ」と訳しています。アブラハムは、おそらく、ここで特別な思いと決意を持って相手に語ったことが分かります。


    (2) 7~8節「そこで、アブラムは立って、その土地の人々、ヘテ人にていねいにおじぎをして、彼らに告げて言った。・・」
    8節の「告げて言った」は、3節と同様「ダーバル」דָבַּרの強意形です。また、7節の「ていねいにおじぎをして」は「ひれ伏した」「シャーハー」שָׁחָהという動詞のヒットパエル態です。これも強意形です。


    (3)12, 13節の「アブラハムは、その土地の人々におじぎをし、その土地の人々の聞いているところで、エフロンに告げて言った。・・」
    ここでも「おじぎをし」は7節の「ひれ伏した」「シャーハー」שָׁחָהという動詞のヒットパエル形です。そして、13節の「告げて言った」は「ダーバル」דָבַּרの強意形です。

  • これらの強意形(ピエル態とヒットパエル態)が意味するところは何か。なぜこのようなやりとりに強意形が用いられているのか。おそらくアブラハムはここで特別な思いと決意を持って相手と交渉し、語ったことが理解できます。事実、アブラハムは相手の感情を損ねることなく、きわめて慎重に、しかも確実に事が運ぶようにと配慮しています。
    ということは、墓地の取得がアブラハムにとってきわめて重要な事柄であったということが分かるのです。

2011.9.15


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