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ガリラヤ全土を巡り歩かれたイェシュア

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3. ガリラヤ全土を巡り歩かれたイェシュア

【聖書箇所】マタイの福音書4章23節~5章2節

ベレーシート

  • イェシュアはナザレからガリラヤ湖畔のカペナウムに移り住み、そこを拠点としてガリラヤの町や村の全⼟を巡り、宣教活動をしたことが4 章23〜25 節に記されています。「教える」「宣べ伝える」「直す(いやす)」という三つの働きがなされました。まずは、その箇所を⾒てみましょう。

【新改訳改訂第3版】マタイの福⾳書4 章23〜25 節
23 イエスはガリラヤ全⼟を巡って、会堂で教え、御国の福⾳を宣べ伝え、⺠の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいを直された。
24 イエスのうわさはシリヤ全体に広まった。それで⼈々は、さまざまな病気や痛みに苦しむ病⼈、悪霊につかれた⼈、てんかんの⼈、中⾵の⼈などをみな、みもとに連れて来た。イエスは彼らをいやされた。
25 こうしてガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤおよびヨルダンの向こう岸から⼤ぜいの群衆がイエスにつき従った。


1. イェシュアの公生涯における三つの働き

  • 今回の聖書箇所である4 章23〜25 節には、以下に⾒られるように五つの動詞があります。 

①イェシュアがガリラヤ全⼟を「巡る、巡り歩く」(「アコリューセオー」ἀκολουθέω)の未完了形。
②イェシュアの評判がどんどん「広まる」(「アペルコマイ」ἀπέρχομαι)のアオリスト。
③⼈々が多くの病⼈たちをイェシュアのもとに「連れてくる」(「プロスフェロー」προσφέρω)のアオリスト。
④イェシュアは多くの病⼈を「いやす」(「セラペウオー」θεραπεύω)のアオリスト。
⑤ ⼤勢の群衆がイェシュアに「つき従う」(「アコリューセオー」ἀκολουθέω)のアオリスト。

  • これら五つの動詞の中で最も重要なのは、4章23節にあるガリラヤ全⼟を「巡る巡り歩く」(「アコリューセオー」ἀκολουθέω)という未完了形動詞です。ヘブル語は「サーヴァヴ」(סָבַב)で、初出箇所は創世記2章11節で「全土を巡って流れていた。そこには⾦があった」に使われています。 第⼆の川である13節も同じく「クシュの全⼟を巡って流れていた」とあります。そのよう にして、ガリラヤ全⼟にくまなくイェシュアが御国の福⾳を宣べ伝えられたのは、エデンから流れる地には「良質の⾦や宝⽯(=「ショハム⽯」とは「縞めのう」のこと)があった」ように、御国には何にもかえがたい尊い宝があることを教えるためだったと考えられます。そのためにイェシュアはガリラヤ全⼟を次々と巡り歩き続けられたと言えます。その「巡り歩き」の中でなされたことが23節に三つの現在分詞で記されています。つまり、イェシュアの活動は、右図のように三つにまとめられます。
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(1) 会堂で「教える」こと 

  • 会堂とはシナゴーグ(「スナゴーゲー」συναγωγή)のことで、離散したユダヤ⼈たちの成⼈男性が10名以上集まるならば、会堂を建てることができました。会堂はユダヤ⼈の礼拝や教育の中⼼的役割を果たしていました。イェシュアは当時の律法学者たちの慣習に従い、会堂で教えられました。その振る舞いは律法学者たちと変わることはありませんでしたが、多くの⼈々はイェシュアの教えに驚きました。それはイェシュアが律法学者のようではなく、権威ある者のように教えられたからです。イェシュアの教えの特徴は当時の律法学者たちの伝統的なトーラーの解釈に対して、批判的、かつ挑戦的な解釈だったからです。「教える」という動詞「ディダスコー」(διδάσκω)は、特に「⼭上の説教」に⾒られるように、トーラーの真の解釈(新しい解釈)と結びついています。それは⼈々の意表をつくスキャンダルな解釈であったのです。しかし、イェシュアのトーラーに対する新しい解釈は、「御国の福⾳」を理解する上できわめて密接な関係がありました。

(2) 御国の福⾳を「宣べ伝える」こと 

  • イェシュアの働きの第⼆は、御国の福⾳を「宣べ伝える」(「ケーリュッソー」κηρύσσω)ことでした。それは今日に言う「宣教」とか「伝道」という働きです。それは旧約の預⾔者たちが前もって預⾔していたことであり、メシアの到来による良いおとずれを内容とするものでした。だれにとって良いおとずれなのかと⾔えば、⼀義的には御国の⺠、すなわちイスラエルの⺠です。マタイ15章24節でイェシュアは、「わたしは、イスラエルの家の滅びた⽺以外のところには遣わされていません。」と語っています。
  • 後に、「目からうろこのようなものが落ちて」、新しく⽣まれ変わったパウロが最初にしたことは、諸会堂で「イエスは神の⼦であると宣べ伝え(κηρύσσω)」始めたことでした。と同時に、彼は「イエスがキリストであることを証明して」(使徒9:22)、ユダヤ⼈たちをうろたえさせました。「証明する」という動詞は「スンビバゾー」(συμβιβάζω)で、聖書を通して論証することを意味します。この動詞は使徒の働き16章10節「パウロがこの幻を⾒たとき、私たちはただちにマケドニヤへ出かけることにした。神が私たちを招いて、彼らに福⾳を宣べさせるのだ、と確信したからである。」という箇所で⽤いられています。⾏き詰まりの状況も含めた様々な事柄から、神の導きを「確信した」という意味で使われています。同様に、イェシュアがキリストであることを、旧約聖書の様々な箇所を結び合わせ、⽐較し、調べて論証し、結論を出すということにパウロは特別に秀でていたのです。まさに、宣教と教育は⾞の両輪と⾔えます。

(3) あらゆる病気、あらゆるわずらいを「直す」こと 

  • イェシュアの働きの第三は「直す」ことでした。新約聖書で「病気をいやす」(「セラペウオー」θεραπεύω)という語彙を最も多く使っているのはマタイです。新約40回のうち、マタイは16回使っています。次いでマルコが5回、ルカは14回、ヨハネは1 回、使徒は5回、黙⽰録は2回です。新約聖書には医療⽤語として「イオーマイ」(ἰάομαι)があります。「セラペウオー」(θεραπεύω)と「イオーマイ」(ἰάομαι)の違いは、前者が医療的⾏為を⾏って病⼈に仕えるのに対し、後者は病気を治療することを第⼀義としています。「イオーマイ」(ἰάομαι)は、新約26回のうち、ルカ⽂書が15回と最も多く(福⾳書11回、使徒の働き4回)、次いでマタイが4回となっています。ルカが医者であったことを思わせます。
  • イェシュアの場合、あらゆる種類の病気、あらゆるわずらいをいやし続けることを通して⼈々に仕えたのです。ただし、マタイの場合、異邦⼈のいやしは8章5〜13節と15章21〜28節の⼆箇所しかありません。それはイェシュアが、「わたしは、イスラエルの家の失われた⽺以外のところには遣わされていません。」(マタイ15:24)
    ということをマタイは強調しているからです。
  • ところで、「病気」(「ノソス」νόσος)と「わずらい」(「マラキア」μαλακία)は、どう違うのでしょうか。宮平望氏は「ノソス」を「わずらい」と訳し、「マラキア」を「病気」と訳しています。つまり、「ノソス」は⼼の病との結び付きが強い表現で、「マラキア」は元々柔らかいという意味であり、病弱な者と解釈しています。いずれにしても、現代のように医学が発達していない時代には、どのような病気であっても死に直結する不安が強かったはずです。しかし、やがて御国が実現する時には、どんな病であっても一瞬にしていやされることをイェシュアはデモンストレーションしているのです。
  • イェシュアの奇蹟と教えはすべて「御国の福⾳」にかかわるものであり、しかもきわめて預⾔的です。たとえ話はその意味を尋ね求めなければその意味するところが分からないように、奇蹟も同様にその意味を知るためには⾃ら尋ね求めなければならないのです。なぜなら、奇蹟には多分に奥義が隠されているからです。ですから、表⾯的に理解してはなりません。⽬に⾒えない御国の奥義が隠されているからです。

2. 拡⼤されたイェシュアの働き

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(1) ガリラヤから北方面、南方面への広がり 

  • イェシュアの評判はガリラヤからシリヤ全体へ広がりました。つまりイスラエルの北⽅(北東地⽅)全体です。さらに、ガリラヤ湖南⽅のデカポリス、ユダヤ、エルサレム、ヨルダンの向こう岸へと広がり、そこに住む⼈々がイェシュアにつき従ったのでした。ただし、マタイはサマリヤについて⾔及していません。おそらく、マタイの福⾳書がユダヤ⼈向けに書かれた福⾳書だからかもしれません。

(2) イェシュアにつき従った⺠衆

  • 25節で「つき従った」と訳された語彙は「アコリューセオー」(ἀκολουθέω)のアオリストです。この語彙の概念は「従順」です。主と主に従う弟⼦のかかわりを意味します。この動詞は90回使われていますが、そのうちの25回をマタイが使っています。ちなみに、マルコは18回、ルカ18回、ヨハネは19回です。マタイではこの語彙を弟⼦として召した漁師たちにも使っています。以下のように、4 章20, 22, 25節だけでも3回⾒ることかができます。
    ① 20節「彼らはすぐに網を捨てて従った。」
    ② 22節「彼らはすぐに⾈も⽗も残してイエスに従った。」
    ③ 25節「こうしてガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤおよびヨルダンの向こう岸から⼤ぜいの群衆がイエスにつき従った。」
  • 「アコリューセオー」(ἀκολουθέω)は、イェシュアの後をただついて⾏くという幾分軽い意味から、⼗字架を負って死に⾄るまで従うという重い意味までを包括しています。イェシュアは、この違いをいろいろな場で、表現を変えながら、真に従うとはどういうことかを語っています。例えば、以下の箇所がそうです。

①マタイ 7章13節【新改訳改訂第3版】
狭い⾨から⼊りなさい。滅びに⾄る⾨は⼤きく、その道は広いからです。そして、そこから⼊って⾏く者が多いのです。

②マタイ 16章24〜25節【新改訳改訂第3版】
24 それから、イエスは弟⼦たちに⾔われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、⾃分を捨て、⾃分の⼗字架を負い、そしてわたしについて来なさい。
25 いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを⾒いだすのです。

③マタイ 22章4節【新改訳改訂第3版】
招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです。


3. 「⼭上の説教」の舞台設定に隠された神の秘密

  • マタイの福⾳書5章〜7章は「⼭上の説教」というまとまった説教になっています。神の「トーラー」には、モーセ五書と⾔われる「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「⺠数記」「申命記」があるように、マタイの福⾳書にもまとまった五つの説教が公⽣涯の出来事の中にサンドイッチのように置かれているのです。「⼭上の説教」がその最初の説教です。今回は、その説教が語られた舞台設定を取り上げます。聖書箇所は5章1〜2節です。

【新改訳改訂第3版】マタイの福⾳書5 章1〜2 節
1 この群衆を⾒て、イエスは⼭に登り、おすわりになると、弟⼦たちがみもとに来た。
2 そこで、イエスは⼝を開き、彼らに教えて、⾔われた。

  • この箇所のどこに神の秘密が隠されているのだろうと、いぶかしく思われる⽅もいるかもしれません。私もこれまでは特に意味があるとは思っておりませんでした。ところが、この箇所をヘブル的視点から読み解くとき、これまでとはまったく異なった舞台設定が⾒えてくるのです。少し、⾔葉の整理をしておきましょう。1節の構⽂は、「この群衆を⾒て、イエスは⼭に登り」で⼀旦⽂章としては切れているのです。つまり、イェシュアは⾃分について来る群衆を⾒て、⼭に登ったということです。「⾒て、登った」という何の変哲もないイェシュアの⾏為の中に、御国の福⾳が隠されているのです。
  • まず、「⾒て」と訳されたギリシア語は動詞の「ホラオー」(ὁράω)のアオリスト分詞(「エイドン」είδον)が使われています。~に向く、〜の⽅を眺める、つまり視覚として⽬で見たものを⾒る、⼀⾒するという意味では「ブレポー」(βλέπω)を使い、一方、⾒た結果として知る、分かる、味わうなどの意味合いが⼊るときには、「ホラオー」(ὁράω)を使うようです。この「⾒たとき」をヘブル語にすると、「ラーアー」(רָאָה)の分詞がそれに当てられます。この「ラーアー」の初出箇所は創世記1章4節で、そこには「神は光を⾒て良しとされた。神は光とやみとを区別された。」とあります。ここの「光」は私たちの⽬に見える光源としての「光」ではなく、神のご計画、みこころ、御旨、⽬的を含んだ概念です。それを神は「⾒て良しとされた」というのです。つまり、神のご計画という視点からイェシュアは群衆をご覧になられたと⾔えないでしょうか。もしそう⾔えるなら、そこからイェシュアが⼭に登らなければならない必然性が⾒えてくるのです。
  • 「おすわりになる」も同様に、「カスィゾー」(καθίζω)の分詞で「座ったとき」という意味になり、そこにイェシュアの弟⼦たちが「近寄って来た」(「プロセルコマイ」προσέρχομαιのアオリスト)と続いています。繰り返しますが、1 節は⼆つの⾏為が区切られているのです。つまり、「群衆を⾒て、イェシュアは⼭に登った」ことと、「イェシュアが座っていると、弟⼦たちが近寄って来た」こととを、区別して理解する必要があるのです。なぜなら、「⼭に登る」ことと、「座る」ことは密接につながっていますが、事柄としては別だからです。
  • 私たちは、5章1節の「この群衆を⾒て、イエスは⼭に登り、おすわりになると、弟⼦たちがみもとに来た。」という箇所に特別な思いを抱くことはほとんどないのではないかと思います。さらに、2節の「そこで、イエスは⼝を開き、彼らに教えて、⾔われた。」も同様です。なぜ、ここに神の秘密があるのと言えるのでしょうか? どんなにギリシア語を調べてみても、あるいは、どんな翻訳を見ても分からないのです。しかし5章1〜2節の表現は、ヘブル語にすることによって初めて⾒えて来るのです。このことは、マタイの福音書の原⽂がヘブル語で書かれているということを暗に⽰しているとも考えられます。
  • イェシュアは「この群衆を⾒て」とあります。この「群衆」とは、その前(4:25)に記されている「ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤおよびヨルダンの向こう岸」から集まってきた⼤ぜいの群衆のことです。イェシュアは彼らのニーズに答えた後に、⼭に登っています。なぜイェシュアは「⼭」に登られたのでしょうか。「⼭」がどこの⼭なのか⼀切説明されていませんが、おそらく、「⼭」はイェシュアが⼀⼈になって祈ることのできる格好の場所だったと⾔えます。⼀⼈になって祈れる場所は「⼭」だけでなく、「寂しい所」もその⼀つでした(マルコ1:35)。また「朝早くまだ暗いうちに起きる」ということも、⼀⼈になれる最⾼の時でした。事実、イェシュアはしばしば⼭や寂しいところに退き、⼀⼈になって過ごすことを常としていました。それは働きによる疲れをいやすだけでなく、御⽗とともに過ごすためでした。しかしこうした解釈では、イェシュアが「この群衆を見て、山に登った」という必然性は脆弱です。
  • イェシュアのすべての⾏為(⾏動)には意味があります。へブル的視点から⾒るとそのことが良く理解できます。ここでのへブル的視点とは、ギリシア語をヘブル語に戻して解釈してみるということを意味しています。そこで、ここから「⼭」「登る」「座る」「弟⼦」という⼀つひとつのことばを、ヘブル的視点から⾒て⾏くことにしたいと思います。

(1) 「⼭」 

  • 聖書における「⼭」は、神の啓⽰の場であることがしばしばです。アブラハムはモリヤの⼭で愛するひとり⼦のイサクをささげるように命じられます。そこでアブラハムは神のヴィジョンを⾒せられます(創世記22:2,14)。モーセは神の⼭ホレブで主と出会い、神の⺠をエジプトから救い出すことを命じられます。また、エジプトを出た神の⺠のために神の律法を受け取る場所も同じくシナイ⼭でした。預⾔者エリヤは同じ場所で彼の後継者について語られています。イェシュアはヘルモン⼭で変貌し、本来の神の本当の姿を⼀時ですが現わします(マタイ17:2)。また、弟⼦たちに対するイェシュアの⼤宣教命令もガリラヤの⼭でなされています(マタイ28:16〜20)。また聖書においては、「⼭」はしばしば「エルサレム」を意味します(マタイ5:14)。
  • 詩篇24篇3節で、ダビデは「だれが、【主】の⼭に登りえようか。だれが、その聖なる所に⽴ちえようか。」とあります。このダビデの問いかけは、メシアであるイェシュアを預言的に指し⽰しているのです。

(2) 「登る」という⾏為 

  • イェシュアが⼭に登るという⾏為は預⾔的です。へブル語で「登る、上る」という動詞は「アーラー」(עָלָה)ですが、この動詞は単に「登る」という意味の他に、「(いけにえを)ささげる」とか、「反芻する」という意味があります。「反芻する」動物はきよい動物であり、全焼のいけにえや罪のいけにえとして祭壇にささげられる⽜や⽺です。つまり、イェシュアが「⼭に登る」という⾏為は、やがて聖なる⼭エルサレムにおいて、神にささげられる神の⼩⽺イェシュアを預⾔的に象徴していると⾔えます。

(3) 「座る」という⾏為

  • 群衆をご覧になったとき、イェシュアは「⼭」に登られました。そしてイェシュアが「おすわりになると」、弟⼦たちがみもとに来たと記されています。正確には「おすわりになったとき」(分詞アオリスト)、弟⼦たちが近づいて来たのです。「おすわりになる」とは、「着座された」という意味です。それをヘブル語にすると「ヤーシャヴ」(יָשַׁב)になります。「ヤーシャヴ」という動詞には、単に腰を下ろして「座る」という意味だけでなく、主の家に「とどまる、住む」という親しい交わりの概念があります(詩篇23:6)。
  • 詩篇15篇1節で、ダビデは「主よ。だれがあなたの幕屋に宿るのでしょうか。だれが、あなたの聖なる⼭に住むのでしょうか。」と問いかけていますが、これは王なるメシアであるイェシュアによって実現します。腰をおろして座るという意味のギリシア語「カスィゾー」(καθίζω)という語彙からは決して⾒えてこない真理が、ヘブル語に戻すことで⾒えてきます。ちなみに、マタイの福⾳書はもともとへブル語で書かれたと主張するフランスの学者(クロード・トレスモンタン著「ヘブライ⼈キリスト」参照)もいます(ヘブル語の原本は今のところ発⾒されていませんが、ヘブル語でなければ意味をなさない表現が多々あることを、彼はその本の中で指摘しています)。
  • イェシュアが⼭に登って、おすわりになっているところに、弟⼦たちがみもとにやって来たという⼀連の動きと、その弟⼦たちに対して御国の憲章をイェシュアが⼝を開いて語り出したというつながりの中に、神のご計画における預⾔的な意味が隠されています。つまり、イェシュアが再臨され、王なるメシアとして、聖なる⼭エル
    サレムを中⼼とした御国(統治、王国=千年王国)を治められます。その御国における憲章が、3節以降で、⼭上の説教として語られるのです。その憲章は、エレミヤが預⾔した新しい契約に基づくものであり、神の霊によって主の律法が⼼に書き記された者でなくては、とても守ることのできない憲章です。「天の御国は近づいた」とあるように、それはすでにイェシュアの来臨によってはじまっているのです。

(4) 「弟⼦」という語彙の概念

  • イェシュアが⼭に登り、おすわりになったあと、そこに弟⼦たちがみもとに来たとあります。ここで初めて「弟⼦」(「マセーテース」μαθητής)という語彙が登場します。「マセーテース」(μαθητής)とは、本来「学ぶ者」という意味で、「教師」(先⽣、師)に対応する語彙です。ただし70⼈(LXX)訳聖書では使われていません。ということは、「弟⼦」という語彙は新約聖書で使われる新しい概念を持った語彙だということです。へブル語では語源となる「ラーマド」(לָמַד)がそれに相当しますが、この語彙は「学ぶ」という意味と、「教える」という意味の両⽅が含まれています。
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  • 「弟⼦」(「マセーテース」μαθητής)という⾔葉は、マタイの福⾳書5章1節ではじめて登場します。そして、最後の章である28章19節では「あなたがたは⾏って、あらゆる国の⼈々を弟⼦としなさい。」とあります。「弟⼦」という語彙は新約聖書で261回使われていますが、四つの福⾳書と使徒の働きにしか使われていません。パウロ書簡では「しもべ」(「ドゥーロス」δοῦλος)、「仕える者」(「ディアコノス」διάκονος)という語彙を好んで使っています。つまり、主⼈としもべという関係です。またマルコとルカは、弟⼦たちの中から選ばれた12弟⼦に対して「使徒」(「アポストロス」ἀπόστολος)という語彙を使っています(マルコ6:30、ルカ6:13)。いずれにしても、「弟⼦となること」と「弟⼦を訓練すること」は、いつの時代においても重要なテーマです。イェシュアが公⽣涯の始めから、弟⼦たちと寝⾷を共にすることで、師としての「模範・⼿本」を彼らに⽰し、彼らを訓練しようとしておられたことは明⽩です。なぜなら、弟⼦たちはやがて御国の福⾳の告知とその内実を教え、あかしする者たちだからです。

(5) 「⼝を開いて、語る」とは

  • 2節に、「そこで、イエスは⼝を開き、彼らに教えて、⾔われた。」とあります。⼀⾒、当たり前のように思える表現ですが、ヘブル的視点から見るとき、当たり前でなくなるのです。イェシュアが⼝を開く前の状態(公生涯に入る前まで)は、主のみおしえである「トーラー」が常に瞑想されており、イェシュアの⼼には神のみおしえが絶えず反芻されていることを考えなければなりません。その延長線上において、⼝を開くことで、主のみおしえがあふれ流れるようにして出て来たことをイメージしてみてください。
  • イェシュアは「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』と書いてある。」と言われました(マタイ4:4)。これをヨハネ版にしますと、「なくなる食物(朽ちる食物)のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えものです。この人の子を父すなわち神が認証されたからです。」(ヨハネ6:27)となります。このことを悟った者がはじめて、主の祈りの中にある「日ごとの糧をきょうもお与えください。」(マタイ6:11、ルカ11:3)と祈ることができるのです。ちなみに、この主の祈りは「御国が来る」ことを祈る祈りです。その御国が実現(完成)するとき、その来るべき日には必要欠くべからざる神のことばによって生かしてくださいという祈りなのです。神が与えようとするパンは御国においてそこに生きる者たちに必要な神のことばなのです。今やそのことばがイェシュアの口を通して発せられようとしているのです。それがマタイ5章2節の「口を開いて、語る」という意味です。
  • 3節から始まる「幸いなことよ」を意味するギリシア語の「マカリオイ」(Μακάριοι)は、詩篇の「アシュレー」(אַשְׁרֵי)に相当します。詩篇1篇の冒頭は「アシュレー・ハーイーシュ」(אַשְׁרֵ י הָאִישׁ)です。その⼈は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを⼝ずさんでいます。この「⼝ずさむ」と訳された「ハーガー」(הָגָה)は瞑想⽤語の⼀つであり、常にその⼈のうちで主のおしえが反芻されているのです。この「ハーガー」(הָגָה)が詩篇2篇にも登場します。それは神に逆らう者たちに対して使われており、彼らの⼝から出て来るのはは「つぶやき」なのです。それは彼らの⼼の中にある思いが⾔葉となって出てきたものです。私たちの⼝から出てくることばも、往々にして⼼の中にあるものが出て来るということを考えるならば理解できると思います。
  • 詩篇1篇の「幸いなのは、その⼈」(「アシュレー・ハーイーシュ」אַשְׁרֵי הָאִישׁ)は、神の御⼦イェシュアのことを預⾔的に語っています(ヨハネ5:39)。この⽅こそ天の御国の福⾳を私たちに教えてくれる⽅です。イェシュアは30歳にして公⽣涯を始められますが、それまでの⻑い期間、⼼の中に反芻していた御国の秘密を伝えるために、今や初めてイェシュアが⼝を開かれたのだと考えるならば、何とエキサイティングなことでしょうか。イェシュアの⼼の中で⻑い間反芻されてきたものが、今や⼝からあふれ出て来るのです。それはつぶやきではなく、人々にいのちをもたらすみおしえであり、まさに「御国の福⾳」なのです。私たちはその教えに対して、⽿を開いて理解する必要があるのです。なぜなら、以下のように語られているからです。

【新改訳改訂第3版】詩篇78篇1〜4節
1 私の⺠よ。私の教えを⽿に⼊れ、私の⼝のことばに⽿を傾けよ。
2 私は、⼝を開いて、たとえ話を語り、昔からのなぞを物語ろう。
3 それは、私たちが聞いて、知っていること、私たちの先祖が語ってくれたこと。
4 それを私たちは彼らの⼦孫に隠さず、後の時代に語り告げよう。

  • 1~2節は、イェシュアを通して完結しています。イェシュアの語った「たとえ」は、私たちが人に良く理解できるように用いる例話とは異なります。それは「天の御国」における秘密であり、奥義です。ですから、イェシュアのたとえにある「なぞ」に関心を示し、その意味について尋ね求めることが許されている者こそ、イェシュアの弟子の資格でした。それゆえ、イェシュアの弟子となる者たちは「問いかけ」なければなりません。もし、御子イェシュアの語られた「たとえ」話の真意を尋ね求めなければ、なぞが解かれることはないのです。「求めなさい。それすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見出します。たたきなさい。そうすれば開かれます。」とイェシュアは言われました。尋ね求める者に、御父は聖霊という方を賜物として与えて下さいます。なぜなら、この聖霊なる方の助けによってはじめて私たちは「昔からのなぞ」を悟ることができるからです。 

2017.1.29


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