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エホヤキンに対する優遇措置とその意味

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54. エホヤキンに対する優遇措置とその意味

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【聖書箇所】 52章1節~34節

ベレーシート 

  • エレミヤ書の最終章である52章には以下の内容について記されています。
    (1) ゼデキヤ王の悪―主のみこころに逆らってバビロンの王に反逆したことー(1~3節)
    (2) エルサレムの陥落(4~11節)
    (3) 破壊と捕囚(12~16節)
    (4) 神殿の破壊と略奪(17~23節)
    (5) ゼデキヤ王の逮捕と息子たちの殺害(24~27節)
    (6) 捕囚民の数(28~30節)
    (7) バビロンの地で優遇措置を受けたエホヤキン(31~34節)
  • ここで特に取り上げたいことは、最後に記されているエホヤキンに対する優遇措置です。なにゆえに彼はバビロンにおいて優遇措置を受けたのか。そしてそれはユダの民にとって何を意味したのか。その点について目を向けてみたいと思います。

1. 主のみこころは、ユダの民がバビロンの手に落ちること 

  • ユダの民がバビロンの手に落ちるということは、預言者エレミヤが終始一貫して語ってきたメッセージでした。しかもそれだけでなく、バビロンの町の繁栄を求めて主に祈ることでした。それが主のユダの民に対する将来と希望とを与えるものでした(エレミヤ29:7~11節)。
  • ヨシヤ王の最初の息子のエホヤハズはヨシヤ王の死後、ユダの民たちが立てた王でしたが、三か月後にエジプトは彼を捕えて幽閉し、傀儡王としてエホヤキムを擁立しました。エジプトのパロ・ネコは多くの貢ぎ物を要求したため、エホヤキムはそのつけを民に課して重税と不正を行ないました。しかしエジプトの勢力が次第に衰え、バビロンの勢力が増してきます。エホヤキムは3年間バビロンに仕えますが、BC.601年、エジプトの国境まで進出したバビロンが大きな打撃を受けて敗退したのを知り、それまでの政策を改め、バビロンへの服従を取り下げました。このときネブカデネザルはすぐに反応せずに放置しましたが、B.C.598にエホヤキムが世を去り、息子のエホヤキンが王位についたとき、ただちに行動を取ってエルサレムを攻め、わずか三カ月で降伏させました。そしてエホヤキンとその家族、そして有能な者たち1万人がバビロンに連行されました。これが第一回目の捕囚(B.C.597)です。
  • その後、バビロンの傀儡王としてゼデキヤが擁立されますが、その治世九年目に彼がバビロンに反逆したことによりエルサレムは包囲され、その二年半後に籠城による飢饉状態はその極みに至り、城壁の一部が破られた事で王がエルサレムから逃亡し、多くの戦士も逃亡したことでエルサレムは陥落。多くの者が殺され、また多くの者が捕囚の身となりました。これが第二回目の捕囚(B.C.587)です。エレミヤ書52章30節によれば、二回目の捕囚から五年後(B.C.582)に第三の捕囚があったようです。エレミヤ書52章における捕囚の総数は、合わせて4,600人となっています。

2. バビロンにおいて、優遇措置を受けたエホヤキン 

  • エホヤキンがバビロンにおいて優遇措置を受けるようになったのは、バビロンの王のネブカデレザルからその息子の代になってからです。

【新改訳改訂第3版】
31 ユダの王エホヤキンが捕らえ移されて三十七年目の第十二の月の二十五日に、バビロンの王エビル・メロダクは、彼が即位した年のうちに、ユダの王エホヤキンを釈放し、獄屋から出し、32 彼に優しいことばをかけ、彼の位をバビロンで彼とともにいた王たちの位よりも高くした。33 彼は囚人の服を着替え、その一生の間、いつも王の前で食事をした。34 彼の生活費は、死ぬ日までその一生の間、日々の分をいつもバビロンの王から支給されていた。

  • ここには破格の優遇措置が記されています。なにゆえに、エホヤキンが他の国の王たち以上の措置を与えられたのでしょうか。聖書はそれについて詳しいことは記されていません。
  • まずは新しい王(ネブカデレザルの息子=エビル・メロダク)が即位した年(BC.562)に、王の権威を誇示するための恩赦が与えられました。その恩赦によって、エホヤキンは獄屋から釈放されました。そして他の国の王も同時に釈放されましたが、どういうことか、エホヤキンだけが他の王の位よりも高くされたのです。そして一生の間、毎日、王の前で食事をしたのです。これは破格の処遇と言わざるを得ません。
  • ここは私見ですが、おそらく、その背後に神が働いておられる信じます。エホヤキンはかつてバビロンの攻撃に対して抵抗することなく(対抗しようにもできなかったというのが現実かもしれません)、簡単に投降しています。ある意味では、心ならずも、結果的に「バビロンの手に落ちよ」というエレミヤの勧告に沿ってしまったわけです。
  • また、バビロンでの新しい王の即位において、王に対する従順を他の王にまさって示したのではないかと考えられます。そのことで、ユダの民も優遇措置の覆いの中で、トーラー・ライフスタイルを回復することが出来たのではないかと考えられます。ちなみに、エホヤキンの子はぺダヤ、ペダヤの子はゼルバベル。このゼルバベルはバビロンからの帰還の総督となります。エホヤキンがゼルバベルまでで三世代。つまり、ユダの民は三世代かけて、神を真剣に求めることで神を見出し、神の民としてのアイデンティティを回復することができたのです。と同時に、エルサレムへの帰還が神によって実現したのです。


2013.4.23


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