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エジプトに対するさばきの預言(2)

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30. エジプトに対するさばきの預言 (2)

【聖書箇所】 31章1節~32章32節

 ベレーシート 

  • 31章ではエジプトのパロは「高い木」-「レバノンの杉の木」にたとえられています。「パロ」は「エジプト」と同義です。新改訳聖書では2節で「見よ。アッシリヤはレバノンの杉」と訳していますが、ここではエジプトのパロに対して語る場面ですので、「アッシリヤ」というのは不自然です。ヘブル語原文では確かに「アッシリヤ」(「アッシュール」אַשּׁוּר)となっているのですが、新改訳、NKJVを除く翻訳では頭に「ターヴ」をつけて、「テアッシュール」(תְּאַשּׁוּר)とし、アッシリヤを「あなた」に変えて、「(レバノンの)杉、杉のよう)と読み替えています。新改訳の脚注にも「わたしはあなたをレバノンの杉になぞらえよう」という別訳があることを記しています。
  • 29章、および32章ではエジプトの王パロは「わに」(海獣、竜)にたとえられていますが、31章では「レバノンの木」にたとえられています。

倒され、よみに下るレバノン杉

レバノン杉●.JPG
  • 読み替えられた「レバノン杉」のその美しさ、その高さは比類ないものでした。「美しい枝、茂った木陰、そのたけは高く、そのこずえは雲の中にある。・・その小枝には空のあらゆる鳥が巣を作り、大枝での下では野のすべての獣が子を産み、その木陰には多くの国々がみな住んだ」と記されています(31:3, 6節)。9節には「神の園にあるエデンのすべての木々は、これをうらやんだ」とあります。
  • 「神の園にあるエデンの木々」とは、「神の世界のすべての国々の民」を意味しています。美しさにおいても、高さにおいても、そしてその質においても他の木々とは比べものにならないほどに、「レバノン杉」にたとえられたエジプトの王パロは立派だったのです。しかしその木も神の恵みによるものでしたが、そのことに気づくことなく、自ら力の権力をほこり高ぶりました。まさかそんな立派な木が倒れることなど、パロもまた周囲の国々も考えもしなかったのです。ところが、そのようなおごりと高ぶりが神のさばきの原因となったのは言うまでもありません。立派なレバノンの杉の木はバビロンによっていとも簡単に倒壊されてしまうばかりでなく、その木は「よみ」に下る運命にあることを聖書は記しています。
  • エジプトと言えば、ピラミッドを見れば分かるように、死後の世界に備えて最も力と財を注いだ国です。大きな墓、高価な埋葬品、また埋葬法についても関心度は諸国に類を見ないほどでした。しかしそのエジプトに対する神のさばきは、「地下の国に落とされ、・・割礼を受けていない者たちの間に横たわるようになる」ということです。他の国となんら変わらない屈辱的な死だけが待っているというそのメッセージが、パロと彼の大軍に対してなされています。地上でどんなに偉大な国であっても、やがてはすべて滅びゆく運命にあるのです。ただ一つ決して滅びることのない永遠の国は神の国だけです。
  • ちなみに、ダニエル書4章でも、バビロンのネブカデネザル王がレバノン杉とよく似た「大木の夢」を見ます。いずれもテーマは「高慢による失脚」で、共通している点が多くあります。


2013.6.22


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