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そのみことばを聞き分け、幻を悟れ

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123. そのみことばを聞き分け、幻を悟れ。

【聖書箇所】 ダニエル書 9章23節

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【読み】
ウーヴィーン バッダーヴァール ヴェハーヴェーン バンルエー

【文法】
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【翻訳】

【新改訳改訂3】
あなたが願いの祈りを始めたとき、一つのみことばが述べられたので、私はそれを伝えに来た。あなたは、神に愛されている人だからだ。そのみことばを聞き分け、幻を悟れ。
【口語訳】
あなたが祈を始めたとき、み言葉が出たので、それをあなたに告げるためにきたのです。あなたは大いに愛せられている者です。ゆえに、このみ言葉を考えて、この幻を悟りなさい。
【新共同訳】
お前が嘆き祈り始めた時、御言葉が出されたので、それを告げに来た。お前は愛されている者なのだ。この御言葉を悟り、この幻を理解せよ。
【岩波訳】
お前が嘆願を始めた時、一つのことばが出され、私はそれを知らせに来た。実に、お前は(神に)愛される人、その言葉を悟り、あの幻を理解せよ。
【NKJV】
"At the beginning of your supplications the command went out, and I have come to tell you, for you are greatly beloved; therefore consider the matter, and understand the vision:
【NIV】
As soon as you began to pray, an answer was given, which I have come to tell you, for you are highly esteemed. Therefore, consider the message and understand the vision:

【瞑想】

ダニエル書9章23節は、御使いガブリエルが神から遣わされてダニエルのところに来て語ったことばです。9章1節で、ダニエルはダリユス王の治世の元年に、預言者エレミヤのことばによって70年の捕囚が終わる事を知りました。これはおそらくエレミヤがバビロンの捕囚となった人々に宛てた手紙だと思われます。エレミヤ29章。偽預言者は2年ほどで捕囚から解放されると安易に人々に語っていましたが、エレミヤはむしろ「わたしがあなたがたを引いて行ったその町の繁栄を求め、そのために主に祈れ。そこの繁栄は、あなたがたの繁栄になるのだから」という主のメッセージを記しました。捕囚の70年(実際は50数年間)は、神が意図をもって定めたものであり、神の民が心を尽くして神を捜し求めさせるためでした。それが彼らにとって将来と希望を与えるためのものであったからです。ダニエルはその手紙(文書)によって、再び、イスラエルへの帰還が近い事を知り、主に祈ったのです。そのことが9章3~19節に記されています。ダニエルは神の民の罪を悔い改め、あわれみを示して下さるよう神に祈りました。

そのような祈りをささげているとたときに、御使いガブリエルがダニエルに近づいて来て、以下のように告げました。
「ダニエルよ。私は今、あなたに悟りを授けるために出て来た。あなたが願いの祈りを始めたとき、一つのみことばが述べられたので、私はそれを伝えに来た。あなたは神に愛されている人だからだ。そのみことばを聞き分け、幻を語れ。」

神からの「一つのみことば」は、ダニエルが祈り始めたときにすでに神から発せられたのです。その「一つのことば」とは、奥義、すなわち隠された神の秘密です。それを悟らせるために届けられたメッセージ(預言)です。その内容はダニエルが祈っている内容よりももっと遠大な内容、つまり、神の最終的な御国が打ち建てられるという有名な「七十週預言」と言われるものです。このことを悟ることをダニエルは求められたのです。

22節と23節に3度、「ビーン」(בִּין)という動詞が出てきます。これは神の奥義を理解し、その秘密を悟ることを意味します。その内容は24節にあるように、「あなたの民とあなたの聖なる都については、七十週が定められている」というものです。「あなたの民」とはイスラエルの民(ユダヤ人)、「聖なる都」とはエルサレムのことです。この二つがセットであることが重要です。一方が欠けても神のご計画は実現することがないからです。

「七十週」という意味について、その起点となるのはいつの時かについては様々な異論があります。また、聖書の中では1日を1年と見なしている解釈があります。民数記14:34、およびエゼキエル書4:6を参照。

●【新改訳改訂第3版】ダニエル書9章25~27節
25 それゆえ、知れ。悟れ。引き揚げてエルサレムを再建せよ、との命令が出てから、油そそがれた者、君主の来るまでが七週。また六十二週の間、その苦しみの時代に再び広場とほりが建て直される。
26 その六十二週の後、油そそがれた者は断たれ、彼には何も残らない。やがて来たるべき君主の民が町と聖所を破壊する。その終わりには洪水が起こり、その終わりまで戦いが続いて、荒廃が定められている。
27 彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現れる。ついに、定められた絶滅が、荒らす者の上にふりかかる。

25節にある「七週」は、7日×7週=49日となり、49年間を意味します。また「六十二週」は、7日×62週=434日となり、434年を意味します。「七週」と「六十二週」を合わせると「六十九週」となり、49+434=483(年)となります。もしエルサレムの神殿再建の命令がペルシャの王アルタシャスタ王の第七年目(B.C.457)とするならば、457-483=-26 となり、これはA.D.26年とすることができます。この年は、イエスがバプテスマのヨハネによって洗礼を受け、油注がれて公生涯に入った年に当たります。25節の「油そそがれた者、君主」とは初臨のイエス・キリストのことです。

26節の「その六十二週の後、油そそがれた者は断たれ、彼には何も残らない」とは、イエスが油注がれて三年半にわたる宣教活動を経て十字架の死にかかられることを預言しています。「彼には何も残らない」とは、イエスは死から復活して天に昇られたために、この地上では目に見える姿として何もないという意味です。続いて、「やがて来たるべき君主の民が町と聖所を破壊する」とは、A.D.70年にエルサレム神殿はローマ軍によって破壊されたことを預言しています。そして「その終わりまで戦いが続いて、荒廃が定められている」とは、異邦人の時が終わるまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされることを意味します。異邦人の時が終わる時までとは、反キリストがキリストの再臨によって滅ぼされる時までです。それまで歴史の時計は止まっています。なぜなら、この時計は神の民ユダヤ人と聖なる都エルサレムがいっしょにある時にのみ動く時計だからです

「彼は一週の間」の「彼」とは反キリストのことであり、27節の「一週の間」とは七十週預言の最後の一週のことであり、反キリストの支配を意味しています。その前半の「半週の間」は平和的なメシアの様相を呈していますが、後の「半週の間」はその本性を顕わにし、「荒らす忌むべき者」として自らを神と称して人々に礼拝を強要するようになります。その時こそユダヤ人にとって大患難の時です。しかし、「ついに、定められた絶滅が、荒らす者の上にふりかかる」とは、再臨されたキリストによって反キリストは滅ぼされることを意味しています。

このような終わりの日の幻がダニエルに示され、このことを悟るように、理解するように、そして考えるようにと告げられたのです。現代に生きる「神に愛されている」私たちも、ダニエルと同様にこのことを悟る必要があります。なぜなら、神のご計画のマスタープランを知ることによって自分の立ち位置が見えてくるからです。と同時に、将来と希望をもって生きることができるようになるからです。


2013.8.23


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