「新しい歌を主に向かって歌う」今日的課題とは何か
結論 「新しい歌を主に向かって歌う」今日的課題とは何か
1. それぞれの時代に新しい歌が生まれた歴史的必然性があった。
(1) 教会が制度化、組織化、固定化、伝統化されていく中で、つまり、キリストのいのちが希薄になっていた状況の中で生まれた新しい歌。例: ダビデの歌、ドイツ・コラール、ジュネーブ詩篇歌、創作賛美歌、リバイバル・ソング、Praise & Worship song等。
(2) 苦しみの中で生まれた歌もある。例: バビロンの捕囚中の詩篇、黒人霊歌、黒人ゴスペル,ハシディズムの歌。
(3) 主のみわざによる喜びから生まれた歌。例: 捕囚後の詩篇、ルカの預言的賛歌、Messianic Jewishの賛美、等。
- ④歴史的使命感から生まれた歌もある。例: テゼの和解を目指す祈りの歌
2. いのち(本質)と器(いのちの表現スタイル)との関係
(1) スタイルは時代と共に変わる。しかし変わらないものはいのち、すなわち、Jesusである。いのちは器を必要とする。ダビデの幕屋礼拝がソロモンの神殿を必要としたように。
(2) 賛美のスタイルはその時代の人々の信仰のスタイルと大きく関係するため、しばしばスタイルの相違が世代間の断絶をもたらした。
(3)「新しいぶどう酒は新しい皮袋に」というイエスが教えたように、新しい真理の啓示、いのちの回復には新しい皮袋が必要であるということが歴史をみるとわかる。
(4) ひとつのスタイルはそれ自身、ある種の完結性をもっている。
(5) ひとつのスタイルが完結し、固定化し、見捨てられても、いのちそれ自体は流動的に次の時代の新しい皮袋に受け継がれていく。
(6) 時代時代において、いのちを入れる皮袋(器)を形成する人々の存在を通して、それが拡大し、広められていった。器がなければ人々の間に共有されることはないからである。その器はその時代の人々が共有できるものでなければならない。
(7) 各時代のスタイルとしては、旧約の神殿礼拝(モーセの幕屋構造)、シナゴーグ礼拝、中世のローマ式典礼、修道院の聖務日課、グレゴリオ聖歌、コラール、福音唱歌、テゼの祈りの歌、プレイズ&ワーシップ・・等。
3. いのちの通路となった担い手の存在
(1) ダビデ(詩篇)
(2) 聖アンブロシウス(創作賛美歌)
(3) 中世の修道院(グレゴリオ聖歌)
(4) ルター(コラール)
(5) カルヴィン(詩篇歌)
(6) チャールズ・ウェスレー(福音唱歌)・・等。
4. 今日的課題
(1) 絶えずいのちの源泉である神に立ち返ること。
(2) 各時代のいのちの表出スタイルに対して謙虚に学び、良いものを現代的に応用すること。
(3) いのちの通路となるスタイルに対する柔軟な態度と認識をもつこと。
(4) 賛美の中におられる主との親しい交わりを楽しむこと。